長編

□Chapter3
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――ナマエ、まだ帰ンねェのか。

夕方、一方通行はソファに座りぼんやりと液晶を眺めていた。
液晶ではニュースキャスターが原稿を読み上げている。
相変わらず明るいニュースが少ない世の中だ。
一方通行は重くなった瞼を下ろし、横になった。
彼には趣味と言えるものがない。
毎度のことだがナマエが学校へ行く間、彼は退屈な日々を過ごしている。
退屈で、退屈で、ナマエの帰りが待ち遠しくて、寂しい。
彼は時間が有り余っている分、ナマエのことを考える時間が多いのだ。
だからこそ好きだという気持ちがどんどん重くなっていく。
一方通行は小さく息を吐いた。
ファッション誌もナマエの持つ小説や漫画も読んでしまった。
こうなってはもう、眠るしかない。





無意識に寝息を吐いていた頃、優しく髪を撫でられた気がした。
おそらくそれは気のせいでなく、頬をつつかれもした。
むずがりつつもその誰かの手を追い、握った。
少しだけ気が休まる心地がした。

「わ……ああーこりゃ可愛いわ」

枕元で声がした。
聞き覚えのある、よく通る声。ナマエじゃない。
一方通行はうっとおしげに瞼を開いた。
そこにいたのはトモだ。
不覚だ。彼は眉間に皺を寄せ、掴んだ手を離した。
何故こいつが部屋の中に。

「通報される準備はできてるか?」
「できてない、できてないよ。ほら、」

トモは笑って右手を挙げた。
そこにはナマエのものであるキーケースが握られている。

「ナマエが先に入って良いって。お邪魔してまぁす」
「……聞いてねェ」

一方通行は項垂れる。
トモが来ると聞いていたら寝顔など晒していなかったというのに。

「前に一方通行のことかわいいってナマエが言ってたけど、今ならよくわかるわぁ」

かわいい、だと。
馬鹿にされているようで一方通行は引っかかったが、今目の前にいるのはトモである。

「……寝顔観察たァ悪趣味だな」
「あーあ、寝てる時は可愛かったのに」

トモは軽く溜息をついて、無遠慮に隣に座ってきた。
一方通行は頬杖をついてトモを眺める。
彼女は部屋を見回しながら上機嫌だ。

「それにしても綺麗な部屋だね、学生でこんな部屋に住めるなんて羨ましいわ」
「今日は何の用だよ」
「あーうん。新居見学がてら愛されてますなぁこのこの〜って言いに来た」
「はァ?」
「クリスマスの時、私らを差し置いて一時帰宅だからねぇ」
「……あァ」
「今までは付き合いの良い子だったんだけど。一方通行が来てからだろうね」
「……だから、愛されてますなァってコトか?」
「そういうこと。いいねぇリア充は」
「そォ思うか?」

真顔でじっとトモを見つめる一方通行。
その様子は少し不安げで、いつもと違う彼にトモは戸惑いを見せた。
ナマエに対しては知らないが、トモにはいつも釣れない態度を取り続けていたというのに。
これでは調子が狂ってしまう。

「あれ、どうしたの?なんか、弱気になってる?」
「…………別に」
「いやいやいや、ただ事じゃないでしょ。ナマエにならともかく私に対してそんななっちゃうなんて!あくせられーたんカワイイ!ちゅーしちゃうぞコラ」
「や・め・ろ!あくせられーたんとか次言ったらすり潰す!」

迫るトモを一方通行は押し退け叫ぶ。
ナマエはまだだろうか。
早く帰ってきて助けて欲しい。
トモのしつこさに負け、一方通行は言ってしまった。

「なンてことじゃねェ!ただ初恋は叶わないって聞いただけで――」
「え、あ……ハツコイ?」

嫌だ、もォ嫌だこの女。
一方通行は精一杯顔を背けた。泣いてしまいたい。
トモはしばらくポカンとしていたが、段々としおらしい態度になってきた。

「いや、なんかさ、今までからかってごめん」
「……急に手のひら返しやがって気色悪ィな」
「初恋が叶わないってのはあれだよ。人間的未熟さから来る……おかしいな。フォローになってないね」

はは、とごまかしたような乾いた笑いが響く。
一方通行は目いっぱい顔を背けたままだ。

「クリスマスプレゼント選ぶの、私も付き合わされたよ。ナマエすごく嬉しそうだった。25日の朝は『一方通行の枕元に置いてきちゃった』ってニコニコしてたよ。一方通行の反応が楽しみだって」
「……」
「『滅茶苦茶好かれてるじゃん。このやろう』って思ったよ。初恋が叶った人もいるし、いいじゃん。なるようになるよ」

そう言ってトモは景気づけに一方通行の背中をバンバンと叩いた。
思ったよりも力が入ってしまい一方通行はカエルの潰れたような声を上げた。
一方通行が睨みつけるとトモはごめん、と苦笑いした。
それに対し、一方通行は鼻を鳴らした。
そうしてばつが悪そうに呟く。

「……気ィ遣わせて悪かったな」
「らしくないなぁもう」
「この話は終いだ。帰れ」

困ったようにトモは笑った。
そしてふと思い出したように口を開く。

「ところで、一方通行っていつも部屋にいるよね」
「俺の言葉は無視か」
「無視ですぅ。でさ、学校行ってないのかなって」
「あァ。行ってねェが、それがどォした」
「わお。まさかの第一位ニート宣言」
「ふざけてンじゃねェぞ」
「や、学校には行った方がいいんじゃないかなってね。第一位サマには第一位サマなりの理由があるかもしれないけどさ」
「行ったところで何の利点があンだよ。今更教師に教わることがあンのか?」
「ええっと、コミュニケーション能力とか……」
「ハッ。残念ながら俺は特別クラスなンだよ。クラスメイトがいねェ」
「う、それは……」

実に寂しい学校生活である。
トモは言葉に詰まらせ、頭を抱えた。
しばらくし、彼女は何かピンと来たように顔を上げた。

「ね、私がここに来るまで寂しかったんじゃない?」
「あァ?ナニ自惚れてやがンだ。」
「髪を撫でてた私の手を握ったから。人が恋しいんでしょ」
「…………」

一方通行は否定できなかった。
人。これまで自分が飢えて仕方なかったものだ。
だからつい、寝ぼけていたのもありってトモの手をナマエだと思い握ってしまった。

「ずっと部屋にいたらナマエのこと、考えて考えて考えて、辛くならない?」

図星だった。
ナマエが好きで好きで辛かった。
自分はこんなにも苦しいのに、ナマエの世界は此処だけではない。
仮に想いが通じたとしてもナマエの周囲に嫉妬することは目に見えている。
だがそれを素直に肯定することは彼にはできない。

「そォだとして、ナニが言いてェンだ?」
「何かに打ち込んだら、その気持ちが軽くなるって聞いたんだよ。夢中になることがあると人は輝くって言うし、ナマエも惚れちゃうカモよ」
「はァ……?」

まぁ確かに、納得はできる。
納得はできるが一方通行は訝しげな視線を向けた。
俺が輝いてどォするよ、とでも言いたげだ。
対してトモは得意げだ。
その諭すような上から目線も気に入らない。

「ここで学校に行くメリットの話に戻るよ!これからやりたいことを見つける足がかりになる、とかどう?」
「やりたいことォ?」
「何かに一生懸命に打ち込んでる人って良いもんだよ」
「ンな簡単に見つかるモンかよ」
「学校に行った方が色んな分野が見えてくるって!引きこもってちゃ勿体ないよ」
「へーへー」

一方通行は適当に聞き流すフリをしながら、学校に行くのも手かと思い始めていた。
部屋にいたって何もすることがないのだ。
休学するのももう十分だという気がしていた。
決してナマエも惚れちゃうカモという台詞に惹かれたわけではない。決して。
トモの言う通りにするのは癪だが、そろそろ部屋の外に目を向けるのも良いだろう。
そう思ったところでトモがニヤニヤしながら独り言を言った。

「しっかしさっきの寝顔可愛かったなぁ」
「あァ!?」
「ナマエが可愛いって言うのも納得だわ。ちょっとちゅーさせてよ」
「お、オイ……?!」

まだ諦めてなかったのか。
のしかかってくるトモを押しのけながら声を絞り出す。

「イイ加減、悪ふざけが過ぎるンじゃねェの」
「いーじゃん、そのスベスベほっぺくらい」
「ふざけンな!今すぐやめねェと反射使うぞ」
「か弱い女の子に力使っちゃう第一位(笑)」
「このクソ野郎……!」




その時、ドアが開いた。
このパターンには覚えがある。
今日は厄日か。一方通行は天井を仰いだ。

「え?」

ドアを開けたのは勿論ナマエだった。
彼女は目の前に後継に茫然と立ち尽くしている。
トモはというとあちゃー、という呟きを漏らした。
オマエのせいだろ、と一方通行は黙ってツッコミを入れる。
ナマエは戸惑いがちに口を開いた。

「邪魔しちゃった、かな?」
「してねェよ勘違いすンなバカ!寧ろ助かったくらいだ!」
「そう!事故だから!全くの事故だからね!」
「そんなに必死にならなくても……」

ナマエの声でハッと口を閉じた。
必死になって否定しても、これではかえって怪しいではないか。

「仲良いんだね」
「……良くねェ」

なんだか誤解された気がする。
一方通行は項垂れた。




to be continued...
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