長編

□Chapter3
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「おやすみ」

電気を消して、眠る前の挨拶をした。
いつものように一方通行の手を握る。この習慣はいまだ続いていた。
過去のことがあり、彼は私がいないと眠れないらしい。
平たく言えば、寝かしつけだ。

「わりィな」
「え?」
「毎晩こォして貰ってて。子どもじゃねェのに」

見られたくないのか、一方通行は右腕で目を覆っていた。

「自分でも情けねェって思う」
「子どもじゃなくても、あなたに子ども時代はあったの?」
「……いや、」
「私はね、あなたの子ども時代を取り返したい。だからお弁当とか、はりきっちゃった。それに、私のこと大事に思ってくれるんだもん。あなたに必要とされて私は救われてるんだよ」

私は言葉を続けた。

「まぁずっとこうしてなきゃ眠れないのは困るけどね。たぶん、きっかけはあると思うよ」
「よかった……幻滅、されてなくて……」

眠ってしまったのだろうか。
その言葉で会話は途切れた。
幻滅などある筈がない。
私は一方通行の心を守りたい。
こんなにも私を必要としてくれる人を邪険にできる筈がないのだ。




夜中、一方通行は目を開いた。
ナマエは彼の手を握ったまま、ベッドに上半身を預けるような形で眠っていた。

「……風邪ひいちまうだろォが」

一方通行は小さく呟いた。
しかしこの状況は彼を寝かしつけていたせいでもあるので、ナマエが起きたとして強くは出られない。
一方通行は身体を起こすとベッドを降り、能力を使ってナマエの身体を抱えた。
彼は殊勝にもナマエを彼女の寝室に寝かしてやる、ということはしなかった。

――だってナマエを部屋に戻したところで俺が寝れるかわかンねェし。

彼は心の中だけで言い訳をした。
これは良い機会だ、とばかりにそのまま自分のベッドに寝かし、自らも横になる。
そしてぎゅうっとナマエの身体を抱きしめた。
彼にとってこうしている状態が幸せなのだ。
ずっと欲しかったものはこの行為に凝縮されている、そんな気がする。

「寝てるから言うぞ」

ナマエが起きないよう、小さな声で囁く。

「き、……すきだ」

目を閉じた。
いつか、いつか言うからどうかその時は受け止めて欲しいと願った。
その時はこんな状況じゃなく、ちゃんとナマエが起きている時に。

「…………あいされてェなァ」

ナマエに。愛されたい。
目尻から熱い何かが零れた。




ハッと意識が戻る。
……いけない。
見まわすとここは一方通行のベッドだった。
ベッドの主である彼とは手を繋いでいる状態で眠っていた。
おそらく、一方通行を寝かしつけていたまま眠ってしまった私を、彼がベッドに寝かせたのだろう。
枕元のアラームを見ると、針は2時過ぎを指していた。
明日も学校だ。
早く自分のベッドで寝なくては。
しかし、握った一方通行の手を離そうとするが、離れない。
いつもは彼が眠ると繋いだ手は緩むのだが……。
左手を使い、無理に離そうとすると声が聞こえた。
一方通行は魘されているようだった。

「嫌だ。俺の、俺のだ」
「ナマエ、好きなンだ、だから返してくれよ」

ドキリと胸が高鳴った。
どういう意味で、彼が私を求めているのかはわからないけれど。
起こしてあけるべきだろうか。
私は一方通行の頬に触れた。

「一方通行、私は」

此処だよ、という言葉が出る前に、一方通行は呻いた。

「俺の……コーヒー……!」
「…………」
「……うゥ」
「……コー、ヒー……?」

脱力した。
求められているのが私かと思っていたが、まさかコーヒーだとは。
一方通行の寝言を頭の中で反芻する。
コーヒーを奪ったのは夢の中の私なのだろうか。
中断していた手を離す作業を続けながら、小さく悪態をついた。

「ドキっとしたでしょうが……」
「うゥ……」

悲しげなうめき声を残して私は部屋を後にした。
台所へ行き、一方通行愛飲の缶コーヒーを取りだした。
再び一方通行の部屋へ行き、眠る彼に握らせる。
これで私は罪悪感と戦わなくていい筈だ。




to be continued...
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