長編

□Chapter3
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ナマエが欲しい。
この想いが苦しくなったのはいつからだろう。
好きで好きで仕方なくて、ただひたすらに欲しくて、独占したくて、苦しい。
16年生きた中でただ一人、好きと言ってくれた少女。
彼女がいさえすればもう大丈夫なのだと思えた。
不安や孤独からも無縁でいられた。
もう一人ではないのだと安心した。
ただただ隣にいて欲しかった。
不器用なりに優しくさせて、大事に守らせて欲しいと願った。
その代わり好かれたい。
彼女に唯一望まれて必要とされて依存されて、愛されたい。
身勝手にも見返りを求めてしまうこの欲求は、紛れもなく恋だった。
そして今、彼女を抱きしめていた。
それは子どもが宝物を抱えるようでもあった。

「ナマエ。すきだ」

緊張で掠れた声が出た。愕然とした。
ずっと秘めていたた胸の内を言葉に出したところで、胸のつっかえが取れることはなかったからだ。

「え?」

ナマエは目を丸くしてこちらを見ている。

「ナマエ、俺が初めて会ったオマエは『家族になろうか』っつったンだ。だからあの日、オマエと俺の関係を聞かれた時、家族だったって言った。
でも俺は兄でも弟でもねェ、男として見て欲しい」

声が震え、視界が滲みそうになる。
頼む、受け入れてくれ。
お願いだ、と願う。
他の何を犠牲にしても叶えたかった。
ナマエに、好かれたい。

「好きなンだ。ナマエが、どォしよォもねェくらい」




「家族とか、友達じゃだめなの?」

ナマエの言葉は、胸に針が突き刺さるようだった。
だめだ。
俺はゆるく首を振った。
友達ではずっと一緒にいられない。
家族も、ごっこ遊びのようなものだ、いつか終わりがくるだろう。

「……俺は、ナマエと付き合いたい」
「恋人って関係には終わりがあるのに……?」

顔を上げてナマエを見た。
彼女の瞳は揺れている。
今にも泣き出しそうな彼女を、抱きしめたい。
それが本当に許される関係になりたいと願う。

「別れたらもう戻れないじゃない」
「あァそォだな。だが、うまくいったら……」
「うまくいったら……?」

口を噤んだ一方通行に、ナマエは続きを促した。

「…………本当の、家族にだってなれるじゃねェか」
「本当の、家族……?」
「……俺は、オマエと家族になりたい」

ナマエの顔がみるみるうちに赤くなっていく。
これはまだ言いたくなかった。
気恥ずかしさに一方通行はそっぽを向いた。

「そこまで……考えてくれてたの?」

頷く。
本当に欲しいのは恋人としてのナマエじゃない。
家族としてのナマエだった。
ずっと一緒だという言葉だけでは不安で、ありったけの鎖で縛っていたかった。

「…………前に言ったろ。俺はオマエを一人にしない」

一方通行は息を吸い込んだ。

「当然捨てもしない。ナマエの家族がオマエを置いて逝ったって、俺はこォしてナマエの隣にいる。そしたらオマエが前に言ってた不安が解消されンじゃねェか」

なァ。だから、どうか。

「ずっと傍にいてくれ。俺と、一緒に生きてくれないか」

ナマエの瞳は潤んでいた。
彼女はしゃくりあげながら、声を絞り出した。

「私のこと、好きでいてくれるの?ずっと一緒にいてくれるの?」
「あァ、そォだ。ずっと一緒にいてェンだよ」

ずっと欲しいと思っていた。家族として。

「家族だってあなたは言うけど、いつか誰かのこと好きになって、私を置いていってしまうものだと思ってた」
「俺はオマエが好きだよ。どこにも行かない。ひとりにしない」
「……うれしい」

目を瞠るようにナマエを見やると、彼女は顔を覆った。
静かに、肩を震わせている。
顔が見たくて軽い力で彼女の手首を掴むと、顔を覆うのをやめてくれた。
泣いたことで目は真っ赤になっていた。

「……なァ、俺のこと、好きになってくれンのか?」
「すき。好きだよ。私もね、ずっと一緒にいたい」
「――――……ナマエっ」

込み上げた衝動のままに、ナマエの身体を抱きしめた。
すき、だって言って貰えた。
あぁなんて胸が苦しくなる言葉だろう。

「ナマエ、好きだ。好きで好きで仕方ねェんだ……大事に、大事にする……」





キスをした。
嬉しくて心地よくて涙が溢れた。
唇を触れ合わせだけなのに幸福感に満たされた。
口を一度離す。
キスが終わったことで彼女の瞼が震え、慌てて掌でそれを覆った。
きっと今、情けない顔をしている。
見られたくない。
「目、まだ閉じてろ……もっかいイイか?」
ナマエは頷いてくれた。
もう一度唇で触れる。
柔らかいそれに触れるたび愛おしさが込み上げてくる。
好きだ、好きだ、好きだ。
これからずっと一緒にいられる。
それが幸せで仕方がなかった。





それから、まだ玄関にいたことに気づいた二人は顔を見合わせて笑った。
いつも通りの夕食・入浴を済ませ、ソファでくつろいでいた。
テレビを眺めながら、ナマエは思い出したように切り出す。

「あのね、誕生日、明日だったの」
「明日?!わ、悪ィ……そォいやプレゼント決めてなかっ……」
「ううん、去年の誕生日にはあなたに会えた。今年は、さっき嬉しい言葉を貰った。だからいいの」
「……」
「あなたが何よりの誕生日プレゼントだから」
「…………つっても、せめて今年は何か用意させろ。欲しいモンねェの?」
「ないなぁ、今幸せで」
「それなら明日一緒に買い物に行って選ばねェ?」
「わかったー、楽しみだな」

なんだか浮かれているようだ。
にんまりと笑うナマエに溜息を吐いた。
一方通行がふと時計を見るともう日付の変わる頃になっていた。
昨日まではナマエに寝かしつけてもらっていたが……。

「あのよォ、頼みがあるンだ」
「ん?なんだろ」
「今夜から一緒に寝て欲しい」
「え、っと……その」

ナマエは身じろぎをした。
恋人と同じ寝床に入ることに、何も考えないナマエではない。
裏の意味があるのかと、言葉に詰まった。

「怖がらないてくれ。変なことをしようってンじゃない。ただ、一緒にいたいだけなんだ」
「……」
「ただ触れてたくて……抱きしめてたいンだ」
「……いいよ」

これまでの一方通行を知るからこそ、ナマエは頷いた。
ひどく孤独だった彼は一人寝を不安がる。
引っ越しをして部屋が別になってからは「そういう関係じゃないから」と寝かしつけで妥協していたが、もう距離を取る理由はない気がした。
ベッドに入ると彼の腕の中に閉じ込められた。

「あったけェ……」

すきだ。だいすきだ、と囁くような声と共に、腕の力が強まった。
答えるように、一方通行の背中に手をまわした。
私も、こうしているのは好きなのだと、そのうち伝えよう。
それだけじゃない、彼によって救われていること。幸せであること。彼の好きなところ。
たくさん、伝えなきゃ。
素直になるのが苦手なこの人が、今日は好きだと何度も言ってくれたのだから。





to be continued...
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