長編

□Side story
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change!?





「ねぇナマエ」
「なンだよ」
「なーんか今日、口悪くない?」
「そ、そンなことない……よ」

ぎこちなく口調を訂正し、一方通行は内心舌打ちをした。

――クソ、なンで俺がこんなこと……。いや、今日はナマエの環境を知る良い機会じゃねェか。

彼はこの状況を前向きに考えることにした。
朝、ちょっとした事故によってナマエと頭をぶつけた一方通行は外見と精神が入れ替わってしまった。
よって、今の彼の外見はナマエということになる。
とりあえず、ということで今日のところは一方通行がナマエに代わって登校したのだった。
現在は昼休み。
ナマエの友人であるトモのことだけは知っていたので、トモの傍にいることでなんとか半日やり過ごしたところだ。
一方通行の姿ではないせいか、トモから弄られることはないのだがどうも彼女の相手は疲れる。
一方通行が溜息を吐いていると、トモが突拍子もないことを口にした。

「ガールズトークがしたい」
「ガールズトーク?アレか。恋バナのこと?」
「そう!ではマコちんから!」
「ないない。なかなか出会いないし。トモこそどうなの?顔は広いじゃん。顔は」
「まぁ男友達はいるけどね、浮いた話はないよ」
「せっかく美人なのにね。口開けば残念だもん」
「えっ残念だった!?」
「自覚なかったのね……」
「……じゃあナマエは?アク……えーと、あっくんと」
「あっ……くン?」

同居を隠すだけでなく、第一位であることも伏せようとしたのだろう。
トモの思わぬ配慮の仕方に一方通行は虚をつかれてしまった。
周囲の者らはというと、思わぬ話題の投下に食いつき始めた。

「え〜誰?あっくんって」
「聞いてないよ〜!」

沸きたつ女子たちに、トモは得意げに口を開いた。

「ふふん。ナマエはこの中で唯一仲の良い男子がいる存在だ。我々が恋バナができるかどうかはナマエにかかってる!」
「何のマネだよ」

一方通行は困惑した。
もし、今日この場にナマエがいたらなんと答えていたのだろう。

――俺の気持ちは変わらねェけど。

「別になンでもないし……勘弁して」
「どうどう?最近どんな感じなのよ?」
「ァ……相変わらず、だよ」
「ナマエとしてはどうなの?」
「あっ……くンは…………」

一方通行は言葉を濁した。
言いたくはないが、ナマエはこう思っているだろう。

「家族、かなァ……」

自分で言ってて悲しくなってきた。
泣きたいのか、咽喉の痛みを覚える。

「……ナマエ、落ち込んでる?どうした?」
「や、なンでもない」
「複雑なとこ聞いちゃったかな」
「いつもにも増して喋んないし」
「咽喉痛いンだよ」
「大丈夫?のど飴持ってるよ」

風邪と勘違いした隣の奴がのど飴を差し出してくる。
一方通行は礼を言って口に含んだ。
優しい奴らだな。
舌に広がる甘い味を飲み込みながら思う。
類は友を呼ぶ、そんな言葉が出てきて、少しだけ笑えた気がした。


***


入れ替わりに能力は伴わない。
演算能力とそれができる肉体によって初めて能力は発現するからだ。
今のナマエに、一方通行の肉体はあるのだが彼の高度な演算能力は持ち合わせていなかった。
おそらく、この学園都市に本人以外に一方通行の能力を使いこなせる者などいないだろうと、ナマエは考える。

「うーん。折角一方通行になったのに、ベクトル操作ができないのは残念だなぁ」

高いビルまで飛んでみたかったのに、とナマエはひとりごちた。
力が使えないだけならまだしも、スキルアウトに狙われては自衛の術がない。
尚かつ一方通行は紫外線を反射し続けたことでメラニンが欠乏している。
ナマエは紫外線すら反射することができず、この状態で紫外線を浴びては日焼けをしやすくなるばかりか皮膚がんのリスクを高めてしまう。
一方通行の健康のためだ。
ナマエは引きこもるしかないのであった。

「つまんない……一方通行が代わりに学校に行ってくれたのも、喜んでいいのかわかんないよ」

あの一方通行が、ナマエとして振舞ってくれているといいのだが。
ナマエが頬杖をついて愚痴っていると、インターホンが鳴った。
ドアを開けてみるとそこにいたのは真っ白なシスターだった。
ナマエより少し年下くらいだろうか。
とても可愛らしい容姿をしている。

「……誰?」
「覚えてないの?!2回も会ったのに、それは酷いかも!」
「……ごめん」
「す、素直に謝られても困るんだよ……しろいひと、もしかして優しくなった?」

そこでナマエは姿が一方通行だったことを思い出す。
一方通行のマネ、一方通行のマネ!と頭の中で唱えてそれっぽい台詞を紡ぎ出した。

「別にんなこたぁねぇよ。で、誰だったか?」
「ほんとに忘れられてたなんて、ショックかも……私はインデックスって言うんだよ!」
「で、そのインデックスがなんの用だ?」
「おなかが空いたからごはんが欲しいんだよ!」

まさかご飯をたかりに部屋まで訊ねられるとは思わなかった。
目を丸くしているとインデックスが慌てたように付け加えた。

「とうまがお昼ごはんの用意を忘れて学校に行ったんだよ!お金もないし頼るあてもない、迷える子羊を助けて欲しいかも!」

なるほど、この少女は上条くんの知り合いなようだ。
彼は何かと人を助けている。
きっと彼女もワケアリなのだろう。
……しかし、自分で迷える子羊を自称するシスターを初めて見た。
ちょっと引っかかるものはあるが、目の前の美少女はお腹を押さえて瞳を潤ませている。

「わぁったよ、なんか用意してやっから、あがれ」

シスターをテーブルにスタンバイさせ、残りもののカレーライス、それにサラダを作ってやった。
一人分として一般的な量だと思う。
しかし可憐なシスターが言ったのは予想だにしない言葉だった。

「……これだけじゃ足りないかも」
「えっ」
「とうまはいつもこの5倍は作ってくれるんだよ」
「ごっ……5倍、だと?」

それほどの食べ物がこの小柄な少女に入るというのか。
冷やし中華や焼きそばを作った後、最終的には炊飯器をも明け渡す事態になった。

「しろいひと、ずいぶん料理上手になったんだね。とうまが作るのより美味しいかも!」
「ん、あぁ、まぁ、な」

しまった、と思いつつも適当な返事を返す。
女の子の知り合い、トモの他にいたんだ。
ナマエは胸のどこかが引っかかるのを感じた。


***


――やっと終わった。

ナマエでいるのは何かと不都合が多い。
今晩中に元の身体に戻れると良いのだが。
一方通行が昇降口を抜けると校門の前に男子生徒が待っているのが見えた。

――へェ。誰か待ってンのか。

彼がその男子生徒の前を通り過ぎようとした時、生徒は彼に近付いた。

「学校お疲れ様です。あの、覚えてますか?合同の授業で隣だった……」
「ェ……いや、え?」

まさか自分のために待っているとは思わず一方通行は動揺する。
その様子に覚えてもらえなかったと思った男子生徒は少し残念そうな顔をした。

「よかったら仲良くなりたくって、アドレス交換してくれませんか?」
「あーっと……悪ィけど考えさせてくれませンかね」

一方通行は迷った末に保留の答えを出した。
そもそも一方通行が持って来ているのは自分の携帯だ。
交換したくてもこの機会では不可能だった。

「あ、じゃあ俺のアドレス渡しておきます……」

再び此処で待つのをまどろっこしく思ったのだろう。
彼は学校鞄からメモ帳を取り出そうとした。

「いや、画面見せてくれれば覚えますンで」
「え?あぁハイ」

一方通行としては覚えたフリをしておきたかったが、後にナマエとこの男子生徒が会った時は面倒だ。
やや長めのアドレスだったが、彼は問題なく記憶した。

「ン。もォ大丈夫」
「では、気が向きましたらメール下さい」

男子生徒は軽く手を上げて去った。
名前を聞き忘れてしまった。
ソイツをナマエになんと表現すればいいか、彼は思案する。
短い茶髪に、背は高めだが――

――仔犬、みてェな奴?

一人一方通行は溜息を吐いた。
今の出来事はたまたまなのだろうか。
それとも、ナマエは異性に言い寄られることも多いのだろうか。
だとすれば、いつまでもこうしていられない。
そのうち誰かに捕られちまう。


***


夕方、帰宅した一方通行(外見はナマエだが)はうかない顔をしている。
眉間に皺を寄せ、何事か考えているようだ。

「どうしたの?」
「俺の顔でンな言葉遣いすンな気持ち悪ィ……誰か来なかっただろォな?」
「インデックス?っていうシスターが来たよ。なんだか、上条くんがお昼用意してなかったとかで……」
「たかられたのか」
「……そうかも。可愛い子だったね」

ナマエは意味ありげに言ってみるが、一方通行は聞いちゃいなかった。

「アイツ……此処知ってやがったのか」
「上条くんにでも聞いたのかも。で、あなたは?」
「あァ?」
「私の姿で妙なことになってないよね?」
「ねェけど……」
「けど?」
「合同教室ってので隣になったって奴がよォ、仲良くなりたいっつーからアドレス覚えてきた」

そう言いながら一方通行は紙にアドレスを書き始めた。
どうも複雑な顔をしている彼に、ナマエは機嫌の悪さはこれなのだろうかと察しをつけた。

「暗記してきたの……?」
「その場で『俺』が交換するワケにもいかねェだろ?」
「なるほど」
「どォすンだ?あいつ気ィあるみたいだから考えなしに送り返るなよ」
「えっ……そうなの?」
「そォだろ」

ナマエは視線を彷徨わせている。
しかし今の外見は一方通行だ。
照れる自分をあまり見ていたくはないが、こういった色恋事には慣れていないのだろうか。

「どんな人だっけ?」
「忘れてやがったのか……仔犬みてェな印象持ったが。短い茶髪で、背は高ェ」
「うーん……気が乗らないかな」
「そォ、か……」

一方通行はほっとした。
ナマエを取られず済んだことに。
あの男には悪いがナマエに気がある男など自分だけでいいのだ。



***


「風呂、どォする?」
「う……避けては通れないよね」

夕食を終えた後、一方通行は切りだした。
先延ばしにできない問題に、ナマエは頭を抱えた。
そのナマエの様子に一方通行は気を遣って口を開いた。

「オマエが嫌なら1日くらい入らなくても――」
「やだ!洗って欲しい」

その気遣いは無用だったらしい。
女心はわからない、と一方通行は内心溜息を吐く。

「イイのか?」
「背に腹は変えられないよ。でも、転ばない程度に目瞑っててね」
「……わァった。オマエは?」
「……入るかなぁ。目ぇ瞑って」
「そォか」

自分の身体を見られるのは嫌だが、一方通行が入るならナマエも入る。
それが平等でいいのかもしれない。


***


一方通行は脱衣所にした。
薄目でシャツのボタンを外し、キャミソールも脱いでしまった。
時折手に触れる柔らかな感触に少し戸惑う。
上半身は残りブラジャーだけだ。
前にホックが無いようなので腕を後ろにやった。

「…………?……?」

下着のホックが外せない。
身体が固いせいだろうか。

「オイ、ナマエ」

一方通行は薄目のまま、脱衣所からナマエを呼んだ。

「どうかしたー?」
「……下着が、外せねェ」
「はっ!?」

ナマエは慌てて脱衣所に駆けこんだ。
トラブルがあっては、彼は目を開けてしまうかもしれない。
彼が目を開ける前にはなんとかしたかった。
そして振り向いた彼と、ナマエの頭がぶつかった。


***


「ナマエ、ナマエ」

ペチペチと頬を叩かれナマエは目を覚ました。
傍らにはいたのは一方通行で、1日ぶりに見る彼の姿だった。

「も、どった……の?」
「あァ。風呂入る前でよかったぜ。もォ遅い時間だし早く入っちまえ」

そう言いながら一方通行はそっぽを向いた。その頬は少し赤い。
それもその筈。
ナマエの恰好は下着姿にシャツを掛けただけなのだから。
おそらく彼が掛けてくれたのだろう。
起き上がり、落ちそうになるシャツを手で押さえながらそっと一方通行に感謝した。


***


ナマエが風呂に入ったのを見届けると、一方通行はソファに座って項垂れた。
胸に手を当てると、未だ鼓動はトクトクと忙しない。
やはり自分の身体が落ち着く。
今日は疲れた。今夜はよく眠れそうだと、彼は思った。




end
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