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□赤目と兎
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赤目

穴蔵に棲む一人の人間。
仲間達は腫れ物のように彼女には近付かない。けれど俺には彼女が嘆いているように映るのだ。
彼女の瞳に光は入らず、煙をあげる眼下を見下ろし戯言のように呟く。

「なぁ、兎。お前はどう思うよ?」

「いつの世も争いは絶えず当たり前のように其処かしこに有る。生者が笑い、幸せを噛み締めいける世を作る為散った者達は何を思うのだろうなぁ。
快適を追い求めた先の世と、
一日を必死に生きた世と。
命を繋ぐためなど戯言よなぁ。」

返す言葉を発せない俺は、毎夜泡沫を練り歩く彼女を見つめる。

幾世を生き、交われない世界に嘆き泣く。
人から蔑まれ、畏怖の眼差しで見られる彼女は現を生きていてもその目には深淵が覗く。
救う事が出来ない。何百年の歳月を経て分かりきっている事なのに、透ける己が身に腹が立つ。

「憤るな。兎、お前が離れたら我は一人よ。
染まるな。此処に居れ。」

「交われたら幸せよな。
出来ぬから悲しく辛いのよ。
我は逃げているだけよ。
愛す者達に傷つけられたくないが為に逃げ、愛す者達が傷付かぬ為に離れ、幸せを願う。
例え偽りの幸せだろうと彼者達は幸せであろ?」


ポロポロと深淵からの黒真珠は穴蔵を瞬く間に染め、眼下に恵みの雨を降らす。
その姿に更に怒りを覚えた。
然れど俺が居なくなればこの地は荒れ狂い形代を亡くす。
それだけはしてはならん。
故に、沸き上がる怒りを飲み下し触れれぬ身でもう一度傍らに身を寄せた。


零れ落ちる黒真珠を縫う様に、描かれた三日月が雲間を割いて現れた。


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