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□花の残り香
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ある秋の日の朝、凜が隊舎内の廊下を歩いていたときのことだ。


「桜木六席、ちょっと」


ふいに顔なじみの女性隊員に呼び止められた。

何事かと不思議に思い振り向いてみると、彼女の手には小さな紙封筒が握られていた。
封筒の表には、大きく"異動通知"との筆文字が躍っている。


「異動?」
「はい、先ほど偶然日番谷隊長とお会いしたのですが、その際これを六席に急ぎで渡すように仰せつかりましたので」
「そうなの…」


隊員に礼を言って別れた後、凜は慎重に封筒の封を切った。
こんな半端な時期に異動だなんて、まさかまた六番隊に戻れとの人事だろうか。


六番隊は大好きだけど、そこに戻るともう日番谷に会うことはできなくなる。

だから出来ることなら…と言うか、今は絶対に十番隊から動きたくない。
たとえ平隊員に降格されたとしても、十番隊を離れたくはない。


変な手汗を掻きながら、凜は封筒から取り出した通知書を読み上げた。



「門番の統括責任者?」



…まさか。

この仕事がどういうものなのかは、さすがに凜も知っている。

夜勤・徹夜は当たり前。
自室に戻れない日だって、ざらにある。
つまるところ、体力勝負といったところだ。

自慢では無いが、凜は自分の体力に特別自信がある訳ではない。


どうしていきなりこんな仕事を任されてしまったのだろう。


十番隊に残留出来ることへの喜びと任された役職への不安がない交ぜになった表情で、凜は小さく首を傾げた。



***



その晩のことだ。
隊舎内とある部屋の窓から、門のあたりをじっと見つめている人影があった。

日番谷である。

日番谷は窓ガラスに軽く手をあて、黙ったまま、斜め下に視線を向けている。
門の屯営に焚かれた火は、離れた場所にいる日番谷の横顔をも紅に照らし出していた。


「たーいちょ。どうしたんですか。ずっと窓の方ばかり見て」


いつの間に入ってきていた乱菊が、日番谷の2mほど後ろまで歩いてくる。


「別に」
「またそんなこと言って…。本当は心配なんでしょ、隊長。あんなキツイ仕事を、桜木に割り当てたことが」
「知らねえよ。だいたい、何で俺がそんな心配すんだよ」


ぶっきらぼうに言い放つ日番谷。

乱菊は少し困ったように笑うと「じゃ、アタシは戻りますよ」と言い残し、日番谷に背を向けた。


再び一人になった日番谷は、外を眺めたまま、ふう、と小さく溜息をついた。
日番谷の吐息は、窓ガラスに、小さな曇りを映し出した。



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