□バレンタイン
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朝、リビングへの扉を開けた刹那

 
「ねーちゃん!今日はなんの日だーっ」
 
物凄い勢いでなにかが飛びかかってきた。
  
「知りません」


歩を進めながらひょいと体を傾ければ、後方でべしゃんと大きな音がした。
ちらと振り向くと、私に抱きつかんと飛びかかった二つ下のスプレンディドが床に顔をめり込ませていた。

「バレンタインだよもうっ!」

床から声がする。
そして、そんなことは勿論知っている。
今日はバレンタインデーだ。

あえて答えなかったのは、いつくれるだのなにくれるだのとディドを騒がせないため。

「ん〜朝から騒がしいね、俺のbreakfasttimeを邪魔しないでくれないかな」

リビングの奥のテーブルから爽やかな声がした。兄さんだ。
青髪の兄は優雅に紅茶を飲みながら新聞を広げていた。

「たまたま早く起きたからって調子乗るな」

ああ、うざいってこういうことなんだな。
いつもは寝癖さえも直せない時間に起きてきて、どうしようと私に泣きつく兄さんを白い目でみる。

「可愛い妹よ、そんな目をむけないでくれたまえ」

「ねえなにその口調」

「ランピー!今日はなんの日だ!」

突然めり込んでいた顔を上げ、ディドが叫んだ。
すると覚醒したかのようにランピーの目が見開き、ぎんと私を捉える。

「バレンタインっだああああ」

「うおおおそれでこそランピーだああああ」

「……はぁ」

朝から騒がしいのは日常茶飯事なのだが、今日はいつにも増して酷い。
寝起きの頭が鈍く痛んできた。マジで、うるさい。

ぎゃあぎゃあと騒がしい兄弟に背を向けキッチンへと向かう。

「朝御飯作んなきゃ」

ふらつく足を動かしてどうにか歩いていると、ふと目の前に大きな壁ができた。

「ソフィア」

ゆっくりと目線を上げると、いつもの整った笑みが目に映り込む。
青髪がさらりと揺れ、金のメッシュがきらきらと、星が瞬くみたいに輝いた。

「なによ兄さ」

言葉を遮るように、うすく開いた口になにかが押し当てられる。
私は冷静に、それがランピーの唇だと理解した。
幾度か感じたことのある柔らかいそれは、嫌いじゃなかったりする。
嫌じゃないから、駄目だってわかっていても拒めないのだ。

兄さんはわざとリップ音をたて、小さなキスをした。

「バレンタイン、楽しみにしてるからね」

「……うん」

「うぎゃーずりーよランピー!」

「早起きは三文の徳と言うだろ、俺のが早く起きたから俺のが得すんのは当たり前〜」

「ねーちゃん、あんなんにキスされちゃ駄目だ!俺だけにしといてよ」

「あいにく私はディドのモノじゃないの」

「むぅ」

唇を尖らすディドをランピーがからかい始めた。

「お子様にソフィアはまだ早いんだよディドちゃん」

「るせー!3つ上だからって調子乗るな!」

「君たちはそうやって何回も言うけど、俺は調子に乗るほど器の小さい男じゃなーいーの」

「無意識はイタイね」

私は兄さんを一瞥し、包丁を手に取った。
さて、作ろうかな。

暫くさくさくと野菜を切っていると、テレビを見ていたディドが口を開いた。

「ソフィアは今年も手作りじゃないの?」

「うん、店のほうが美味しいし」

私は毎年、お店で買った美味しいチョコレートを皆にプレゼントしている。
勿論今年も例年通りで、一週間前からありとあらゆる広告を読み漁り厳選したチョコレートがバッグの中にたくさん入っている。

「俺ソフィアの愛情満点手作りチョコレート欲しいなあ〜」

「作るっていっても市販の板チョコ溶かして固めるだけじゃない、私だったら買ったチョコレートのほうが嬉しいんだけど」

「そっかなぁ?ん〜」

ディドは呻きながらテレビに映る「バレンタイン手作りお菓子特集☆」を羨ましそうに見ている。

「兄さんはソフィアがプレゼントしてくれるものならなんでも嬉しいよ」

「………」
 
空気が止まる。
 
「…………ふ、ふひ…くっせぇ……っびゃははははは」

遂にディドが笑いをこらえきれず吹き出してしまった。
お腹がいたいと床を転げ回る。

「兄さんが言うとなんか、違う」
 
「あはははソフィアにも言われてるぜぎゃはははは」

「皆には俺のこの素晴らしい性格がまだ理解できていないんだね、」
 
伏せた睫毛は憂いを帯びていた。
が、どう見ても芝居にしか見えない言動はより彼を胡散臭くする。

「ホントにおめでたいよね」

「あー笑った笑った!さ、ソフィアの朝御飯手伝うか」

「いいの?」

「ったりまえだろ、いっつも作って貰ってるから寝坊してない日は手伝うって決めてんの!」

「ありがとう」

「俺も手伝うよ」

「「いらん」」

ランピーは極度に不器用なので、包丁なんて持たせたら最後、なにが起こるかわからない。
以前晩御飯を作ってと頼んだら、壁に3丁の包丁と一つのハサミが刺さっていたことがあったのだ。

「そんなあ〜」

涙声でもそもそとテーブルに戻っていく兄さんには、もうさっきの紳士キャラは無かった。
 
 
 
 
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