夢見る他力本願

□氷は鋭く冷たい
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跡部side

やめろ。

「日吉ー!もー、可愛いなあ日吉は!」
「止めてください、怒りますよ」
「撫でるくらい良いでしょ?」
「嫌です」

止めろ。

「お嬢ちゃん今日もかわええなあ、抱きしめて良いか?」
「変態!きゃー、セクハラー!」
「ちょっ、酷いやんか・・・」

ヤメロ。

「ねえねえ梓ちゃん、一緒に寝ようよー。俺、梓ちゃんとだったらいつもの倍は寝れるCー」
「うん、いつもの倍って何日単位で寝るつもりかな?(笑)」

もう、いい加減止めろ!!
俺様の目の前で他の奴と喋るなんて、何を考えてやがる。
そんなに楽しいか。俺様に見せたことの無い笑顔で話す程、俺様以外の奴との会話は楽しいか!
今までこんなこと、思ったこともなかった。
告白をしてくる女子は五万と居たが、俺様が本気で好きになった女子は今まで居なかった。
梓、お前が初めてだったんだ。
なのに・・・。

「宍戸、暑いから帽子貸してー。あ、やっぱり良いや汗臭いww」
「おまっ、なんだよそれ!怒るぞ!」

なんだ、俺様の何が悪い?
俺様じゃあ不安なのか?
好きになったのは、俺様だけだったのか・・・?
うるさいうるさいうるさい。
何も話すな、いい加減聞き飽きた。
梓に近付くんじゃねえ、あいつと話して良いのは俺様だけだ。
梓も梓だ、お前の彼氏はこの俺様だろう?
他の奴と話す意味が分からねえ。
どうすれば良い。
どうすれば、梓は俺様だけを見る?
どうすれば、他の奴が梓に近付かなくなる?
・・・そうか。

邪魔な奴は全員・・・。

「跡部・・・?どないしたん?」
「跡部さん、何止まってるんですか。早く練習しましょうよ」
「おい、跡部・・・?」

・・・消せば、良いのか。

「ああ、すまねえな。ちょっと待ってくれ」

梓、待ってろ。
すぐそっちに行ってやる。
俺様は、やることがあるから。

「あれ?皆コートに出ないの?」
「梓、先に行っててくれ。すぐ終わる」
「あ、うん・・・はーい」

ああそうだ、すぐ終わらせる。
これはちょっとした掃除だ。
全部お前たちが悪いんだ、俺様のものって知っておきながら手を出したんだからな。


罪は、ちゃんと償ってもらおうか。


梓side

跡部達遅いなあ。
なかなか部室から出てこない皆の様子を見に行ったら、何か様子がおかしかった。
特に、跡部の。
なんていうか、ちょっと怖い感じだった。
他の皆も、そんな跡部にちょっと不思議がってたみたいな表情だったし・・・。
跡部、何があったんだろう・・・。
すぐ終わる、なんて言ってから、もう15分も経ってる。
一年生二年生の練習メニューは一応指示してあるから良いけど・・・跡部は部長でしょ、居なきゃまずい!
せっかく部活が終わったらプレゼントがあったのに・・・。
今日で丁度付き合って一年だし、私お金持ちじゃないから大したもの買えなかったけど・・・でも、一応バラのブローチを頑張って買ったんだよ。
部活が終わって皆が帰った後じゃないと、恥ずかしくて渡せないんだよね。
だから早く終わらせてほしいんだけど・・・ほんとに遅いなあ。

「見に行ってみようかな、何かあったのかもしれないし」

お取込み中だったらすぐ帰ってくれば良いよね。
そう思って皆が居るであろう部室へと向かった。
でも、近付くにつれ、おかしな異変に気付く。

「なんか、鉄サビ臭い・・・」

さっきまでこんな臭いしなかったのに・・・。
嫌な予感がして一瞬立ち止まったが、それでも部室へと足を進める。
更に近付いてみると、今度は奇妙な音まで聞こえてきた。
何かぐちゃぐちゃと、水音にしてはやけに粘り気のあるそれに、思わず耳を塞ぎたくなった。
部室の扉は防音だったはずだが、よく見ると少しだけ開いている。
この角度からはよく見えないけど、部室の中が赤い気がする。
音や臭いも、部室からしているみたいだった。
臭いに耐え切れず、口と鼻を手で覆う。
なんでかは分からないけど、手足が震えてる・・・。
でも、皆に何かあったことは間違いない!

思い切って、部室のドアを一気に開けた。
赤い部室の中には、跡部が居た。
あの青と白の綺麗なユニフォームは、部室と同じで真っ赤。
片手にはハサミが握られている。
そのハサミで、何かを一生懸命引き裂いていた。

「跡部・・・?うっ・・・」

胃の内容物がせり上がってくる感覚に、思わずその場にしゃがみこんだ。
でも、しゃがみこんだのが悪かった。
視界に入ったのは、血で染まった忍足のあの丸いメガネ。
ヒビが入っていて、もう使い物になりはしないだろう。
それに・・・さっきまでそのメガネをかけていたであろう本人は、どこにもいない。
跡部が私の声に気付いて振り返った瞬間、私は俯いていたため気付かなかった。
跡部が切り裂いていたものを投げ捨てた音で、ようやく前を向いた。

「梓、どうした?待ちくたびれたか?」

普段と変わらない声で話しかけてくる跡部の口元には、もう誰のものか分からない血が付いていた。
怖い。跡部が・・・怖い・・・!

「な、に・・・これ・・・」

ようやく出た声は情けなくかすれて、弱々しいものになっていた。
よく見ると、跡部の周りには半分赤く染まったカフェオレ色の髪や、ズタズタにされた帽子が落ちていた。
肉の破片も落ちている。
さっきまで人の形を保って息をしていたであろう、肉の塊が。

「すまねえな、思いの外時間がかかっちまった。もう掃除は終わったからな」
「掃除・・・?」

そうじ・・・?意味が分からない・・・。
なんでこんなことをするの?なんで・・・!


「皆が何したっていうの?大切な部員でしょ!?」
「ああそうだな。大切な部員だ。・・・梓に近付いたりしてなかったらな」
「え・・・?」

跡部の顔が一瞬にして怒りに染まった。
こんな跡部、私は知らない。

「いつもいつも俺様の目の前で、見せつける様に梓と話すあいつらを見ていると、自分が自分じゃなくなるようだった。それも毎日だ。・・・最初はなんとか抑えていたが、梓が俺様以外に向けている笑顔を見た瞬間、もう我慢は止めた」
「あとっ・・・」
「考えたんだ。あいつらが梓に近付かなくなるには、どうすれば良いか。答えは簡単だったぜ。消せばいいんじゃねーか、ってな」

・・・知らなかった。
跡部が毎日そんなことを考えているなんて、知らなかった。
気付きもしなかった。
跡部をこうしてしまったのは・・・私・・・?

「危なかったな、日吉の奴が逃げようとしたから慌てたぜ。まぁ、すぐに大人しくしたけどな」

そうか、扉が少し開いていたのは。
日吉が逃げようと扉を開けたからだったんだ。
不意に、私の目から温かいものが流れ出た。
それが涙だと知るのに、数秒かかってしまったけど。
何故泣いたのか、自分でも分からない。

「・・・梓・・・」
「え・・・かはっ・・・!」

跡部の手が自分の首に乗せられた。
そのまま赤い床に倒れこむ。
その綺麗な顔に似合わず、力が凄く強い。
もがくことすら、出来なかった。
さっき流した涙とは別に、首を絞められて絞り出された涙が頬をつたう。
と同時に、ポケットに入れていたバラのブローチが落ちてしまった。
それに気づかず、跡部は首を絞めたまま言葉を続けた。

「部員を消すことを考えているうちに、良いことを思いついた」
「く、ぅ・・・」

言葉を発したくても、思うように声が出せない。
息もしづらくなってきた。

「そうだ、梓も俺だけを見るようにすれば良いんじゃねえか。そう思った」

馬鹿だなあ、跡部。
そんなことしなくても、私は・・・。
ああ、駄目だ。もう言いたいことすら言えない。
目の前にある跡部の顔が霞んでよく見えない。

「なあ、梓・・・」

跡部の手の力が強まった。
もう、涙しか出せない。
ねえ、跡部・・・。

「これからは」

どうして。

「ずっと二人きりだからな」

そんな泣きそうな顔をしているの?
跡部のその声を最後に、私はもう何も考えることが出来なくなっていた。
 

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