小説

□神将達の子守1
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「……今日は何かの厄日なのか…?」

「人間じゃないのにそんなもんあるのかなぁ…」

春の陽もうららかな4月の午後の事。
安倍邸の縁側に腰掛けた青龍と朱雀は、かたやこれ以上無いほどにしかめた面で腕を組み、かたや薄くけぶった春の空をほけっとした顔で見上げていた。
そうしていると、広い邸の庭を毬を追い掛けてとてとてと走る幼い子供の影がよぎる。
走って来た子供は、今年2才になったばかりの末孫昌浩の姿だ。

「まってまって〜」

中庭の真ん中まで転がってきた毬を小さな足で懸命に追い掛ける姿は、通常なら見ていて微笑ましいものだ。
それを見ていた縁側の二人は毬と昌浩を見比べた後、即座に昌浩以外の存在を周辺に探した。
が、いつもなら必ず側にいるはずの騰蛇の姿がそこにはない。その事に気付いた二人の顔が、一瞬引きつった。

「…そういえばさっき、どこかでなんかが崩れる音がしていた様な…」

「だったらぼさっとしてないで動け」

言いながら青龍はさも「面倒だ」と言わんばかりの表情で立ち上がり、走る昌浩の方に向かっていく。
そして昌浩が触れる直前の所で、毬をひょいとつまみあげた。

「あー!せいりゅう、まりさんまさのなのー!」

当然興味の対象を取り上げられた幼子は、小さな手と腕を目一杯伸ばして、遥か頭上にある青龍の手の中の毬を求める。
青龍はと言えば、こめかみを引きつらせたまま動こうとせず、じろりと据わった目つきで毬を一睨みした。
すると毬が、明らかにびくっと怯えた様に震えた。かと思うと、隠していたその身体にしては大きな両目をそろそろと見開いて、青龍と目を合わせ2度3度瞬きをしてみせた。

物も99年使えば魂が宿る。この毬、いわゆる九十九神である。


……はぁ〜〜…。


しかめっ面のまま、たっぷり5秒程の溜め息を吐いた青龍の足下では、相変わらず昌浩が「せいりゅーせいりゅー」と繰り返していた。










───一方その頃。







「うぉーい、騰蛇いるかー」

相変わらずぼんやりした調子で、先程大きな物音がしたと言う部屋に来た朱雀。
妻戸をからからと開けた所で、彼は思わず「うぉ……!」と目を軽く見開いて絶句した。

そこは晴明が普段はあまり使わない道具や若い頃に手に入れたと言う数々の神具やら貴重書やらが、きちんと棚に整理され並べられている部屋のはずだった。
が、今やそれらはもうもうたる埃に満たされた室内で、見るも無残な有様で部屋に散らかってしまっていたのだ。

何故こうなったのかは、大方の予想がつく。

そして紅蓮は、その一番下ですっかり埋もれて潰れていた。

「……これはなかなか…難儀だな…。おい騰蛇、生きてるか?死んでたら返事しろ」

朱雀はそう言いながら、床の上に俯せになっている紅蓮の頭の前にしゃがみ込み、指先でつんつん、とつついてみる。

「……お・ま・え・なぁ……」

すると紅蓮は地を這う様な低い声で呻きながら上半身を起こし、目の前の面白いものを見る様な目をした朱雀を睨み付けた。
だがすぐに、いやそれどころじゃない、と慌てだす。
「昌浩はどこだ!?」

「今度は青龍が見てる」

「そうか…」

紅蓮はとりあえず誰かが昌浩を見ている事に、安堵の溜め息を吐いた。
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