小説
□神将達の子守1
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事の起こりは昨日に遡る。
夜に、騰蛇・六合・勾陣・青龍・朱雀の5人が晴明に呼び出された。
「何だ、晴明」
全員が揃った所で勾陣が問いかけた。
この顔触れに揃って用とは、穏やかな空気がしないな…と言外に意味を含ませて。
「うむ、実はのぅ…」
晴明は語りだす。
曰く、今日の昼過ぎに自分が出仕している間に、昌浩が「はい、かあさま」と言って露木に文を渡した。
最初母は、息子が何かを書いたのを見せたいのだと思い笑顔で受け取った。
が、内容を目で追い理解した瞬間に青ざめたのだと言う。
「で、これがその昌浩から渡された文じゃ」
勾陣がそれを受け取り、皆がそれを覗き込み、皆も一様に表情を険しくした。
「これは…呪詛の法文ではないか?」
呟いたのは六合だ。
「うむ。それも昌浩を狙ってのものだのぅ」
「誰がこんなものを!」
激昂した声は紅蓮のものだ。その問いに対して晴明は「まだ判らん」と扇子を口元に当て短く答える。
「まぁ犯人の目的はワシへの悪意か挑戦か、それとも別の何かか」
と、ここでパン、と扇子を開き、口元だけで笑う。
「どちらにせよ、寄りによって昌浩を狙うとはいい度胸じゃ。そう思わんか?」
ぞくり、と全員の背筋に冷たい汗が流れた。
晴明、目がかなり本気で怒っているぞ…。
「ま、と言う訳でな。実は夕刻には太陰と玄武に、この文に残された人間の気配を辿って貰う様指示を出したんじゃが、これが先方も中々巧妙でな…」
途中で気配も足跡も枝分かれをしていて、さっぱり追えないのだ、と溜め息を吐く。
「そこで、非常に気は進まんが罠を貼る事にした」
「罠とは?」
青龍が問う。
「言うたろ?『気は進まない』と」
一瞬意味を掴みあぐねる一同。晴明の目が昌浩の部屋の方角に向けられる。
それを受けて、青龍があぁ、と口を開く。
「罠と言うのは囮を使う事か?」
「何!?」
真っ先に反応したのは、いわずもがな紅蓮である。
この場合の囮と言えば、それは昌浩を置いて他に無い。
晴明もうむ、と鷹揚に頷いてみせた。
「正気か晴明!?」
「しーっ、声が大きいぞ紅蓮。だからお前達を揃って呼んだのだよ」
言われて紅蓮はハッとなり、あぁそうか、と納得して自分の同胞の顔を見回した。
「俺たちに護衛に付けと言う事か?しかし5人はちと大袈裟じゃないか?」
朱雀が腰に手を当てながら問い掛ける。それは神将全員の気持ちの代弁でもあった。
実際紅蓮…いや騰蛇が一人いれば、戦力としては問題など無い。十二神将最強の称号が伊達では無い事は、誰もが認めている。
いいや、と晴明は首を横に振る。
「慣れない子守をする事になるんじゃ。5人が力を合わせる位で丁度よかろうと思っての」
…。
……。
………………。
『は!?』
全員の声が、今度こそ唱和した。
つまり、である。
昌浩を目がけてやってくる呪咀だ。この晴明の邸に向けて放たれるものだから、先方もそれなりに強力なものを送って来るだろう事は想像に難くない。
そしてこれまでの経験から、それが時として式の様に実体を持ってやって来る事もあると知っている。
「囮なんじゃからワシや吉昌が邸の中に居る訳にもいかんし、露木はいなければ不審に思われるが残せば危険じゃ」
そこで邸の中の一画に結界を張り、本物の露木はそこに隠れてもらう。代わりに勾陣が母に成り済まし、全員で神気を隠しながら昌浩の面倒を見ろ、と言う事らしいのだ。