小説
□神将達の子守1
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そこでふと青龍が嫌な予感がして、六合を見る。
「……まさかとは思うが、木将(オレ)は?」
その問いに、六合は敢えて目を閉じて小さく一言。
「……薪割りを…」
やっぱり…。
青龍の額に汗が流れる。
はぁ〜…。
思わず深いため息が全員の口を突いてしまう。
言いたい言葉は五万と浮かぶが、誰も彼女相手にそれを口にする勇気は無いのだ。
空を仰げば、淡い蒼に白が斑に混じり、ゆったりと動いている。陽射しも暖かく、このまま昼寝でもしていたい気分だ。
どこかから鶯の鳴く声が聞こえる。実に閑かな午後である。
閑かな…。
………。
……………。
…………………ん?
『昌浩は!?』
ようやく気付いた全員の叫びが、見事に重なった。
その4人の元に、昌浩が持っていたハズの毬が、ぽんぽんと器用に体を弾ませながら慌てた様子で転がり込んで来たのである。
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
「あれ…?」
昌浩はきょとんとして周囲を見渡した。
昌浩は、隠れる場所を探そうと、邸の中を走っていたはずだ。
廊下を走り、大好きなじい様の部屋にさしかり、ここに隠れようと決めて御簾を開けて入っていく。
実はこの部屋は、昌浩のお気に入りの隠れ場所なのだ。最も、いつも鬼をやっている紅蓮にはバレているのであまり意味はない。だがそれでも昌浩はここに隠れる。
『――見つけたぞ、昌浩』
自分を見つけた時、そう言って紅蓮は微笑む。
金の瞳を細めて笑う、その笑顔が昌浩は本当に好きで、それが見たい時にここに隠れるのだ。
だが、部屋の中に入った瞬間、昌浩は足を止めた。
いつもの見慣れたはずの晴明の部屋。だが、何かが違う。今日は何かがおかしい。
ほとんど直感でそれを感じた昌浩は、その場で立ち尽くし壁から天井までを順繰りと見つめる。しかし何が違うかはやはり判らない。
胸の中に形にならない靄のようなものが沸いた感じがして、ここにいてはダメだ、と本能が告げていた。
「れん…」
元来た道を戻ろうと一歩後退った昌浩は、トンと何かにぶつかった。
びっくりして後ろを振り替えれば、背中に今自分が走ってきた廊下は無く、壁が塞いでいる。
まるで始めからそうだったと言わんばかりにあったそれが、昌浩には重く固いものに見えた。
ぺたぺたと触れて両手で叩きもしたが、びくともしない。
不安が恐怖に摺り変わるったのはこの時だ。
「りくごー、すざくー、せいりゅー、こーちん!」
壁の向こうに向かい必死に呼ぶが、勿論答えはない。
次いで縁側に続く入り口に走るが、普段は閉められていない妻戸がしっかりと閉まっており、いくら引いてもそれは開かない。
「れん〜…!」
とうとうへたりこんだ昌浩は、くしゃりと顔を歪ませ、大粒の涙をぽろぽろ零してしまう。
こわいよぉ、と言おうとした刹那、脳裏に晴明の声がした。
『言葉は力じゃ、昌浩』
反射的に、昌浩はじい様の言葉に耳を傾ける。
『いいか昌浩。言霊という力がある。それは、口にした言葉の中や、文字の中にあるものだ』
記憶の中の光景は、晴明の部屋。
蝉の声が聞こえている。あれは、夏の頃の話だったろうか。
それを肯定するかの様に、妻戸から入る白い光の記憶が、晴明と昌浩の姿を黒い影に見せている。
『例えば誉められると嬉しい気持ちになったり、嫌な事を言われると悲しい気持ちになるじゃろう?…それが言霊じゃ』
その話を聞いた時、自分が何と答えたのかは思い出せない。
だが記憶の中の晴明は、昌浩に語り続ける。
『だから、誰かを傷付ける言葉を使ってはいかん。その言葉の中の力が、目には見えないが、死ぬまで消えない傷をつけてしまう事もあるのじゃ』
『じゃがのう、逆に善い事にも使える。怪我をして痛い時は―――』
「いたくない…」
昌浩の口が、現実に小さく呟いた。
『そうじゃ昌浩、嫌な事の逆を言えばいいのじゃ。言葉にする事で、嫌な事はどんどん遠くに行ってしまうからの…』
「こわくない…なかない」
昌浩は自分の袖でぐいっと目元を拭い、立ち上がる。
抜けられる路を探そう。それから、紅蓮達に自分のいる場所を伝えなければ。
昌浩は決然と立ち上がり、すんと小さく鼻を啜りながら行動を開始したのだった。
<続く>