小説
□安らぎの場所
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深い深い、闇の帳の奥底で、貴方はずっと眠っている。
さぁ、目を覚まして。
沈んで行った斜陽の陽は、もう間もなく朝になって、生まれ変わるから。
「歌…?誰だろ…?」
夜も12時を過ぎた頃、めずらしくベッドの中で就寝していた昌浩は、外から聞こえるその声に目を覚ました。
ベッドを抜け出し窓をそろりと開けてみると、夜特有の冷たい空気が肌を刺す。
その寒さに比例する様に、月は明るく光々と蒼く輝いていた。
いつもは自分の傍らで眠っているはずの物の怪の姿はない。昌浩は首を傾げるも、心配は無いだろうと意識を歌声に戻した。
それは、高く低く、情感を含んだ優しい歌声。
思わず聞き入っていた昌浩だが、吹き込んで来た夜気の寒さにぶるりと身震いして、現実に戻る。
「公園の方からだ…」
ここからでは建物の影で見えないのだが、割と近くに国指定の自然保護区域でもある森林公園がある。歌はどうもそちらから聞こえている。
聴いた事の無い程の綺麗な声に、強く魅かれた。
多少の躊躇はあったものの、素早く着替えてパーカーを羽織りそっと外に出る。
その際ちゃんと玄関に鍵を掛けるのも忘れない。
そうして昌浩は小走りに公園に向かった。
ポケットの中で鍵がキーホルダーとぶつかる音が、やけに大きく響いてる気がした。
……そう言えば、なんかこんなカンジの童話があった気がするなぁ。えーと、確か…
「あ、思い出した。ハーメルの笛吹き男だ」
鼠を操った笛の音で子供達を操り連れ去り、約束を守らなかった村長に報復をした、童話の主人公。
もしこのまま自分が消えたりしたら、現代版ハーメル事件とかで有名になっちゃったりするんだろうか?
「なんてね。無い無い、今時」
大体歌に誘われてるの、俺だけじゃん。
自分で自分に突っ込みを入れながら、走る速度を上げた。
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
「……いた…」
ひょい、と茂みから伺うようにこっそりと覗く昌浩。
森林公園のほぼ中央、アスレチックのある子供の為の広場に、歌声の主はいた。
(……!うわ、超が付く美少女だ…)
昌浩は思わず息を飲んだ。
元々街灯の少ない公園の為、木々の隙間から刺す月灯りが頼りだ。
その灰蒼い薄灯りの中で、少女は歌っていた。
年の頃なら、自分より2つ程上だろう。金色の長い髪はサラサラと光に反射して、輝いている様に見える。
紫紺のハイネックに、丈の長い淡い紫のカーディガン。その上に白いストールを羽織り、ストールと同じ色のスカートにブーツを履いている。
どこかの令嬢の様な風貌だが、そんな令嬢が夜中にこんな所で歌ってるハズが無い。
昌浩は思わず、夢の様に幻想的なその姿を、じっと見つめていた。
だが体が僅かに動いた瞬間茂みに当たり、がさり、と音を立てた。
少女がハッとなり、振り返る。
碧い瞳が昌浩を見止め、見開かれた。
昌浩は悪い事をした訳ではないのだが、なぜだか緊張して慌てだす。
「あ、や、その、ごめんなさい!あんまりに綺麗な…」
「まぁ、昌浩様!?」
「歌だっ…たから…って、え?」
少女に名前を『様』付けで呼ばれて、一瞬きょとんとなる。