小説
□深い冬の夜
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それは、寒さの増して来た師走の中頃の事だった。
「ふぇっくしょ!!……あ゙〜…」
「…また一段と盛大だな、昌浩よ…」
昌浩の日課の夜警は、先日からこのくしゃみが始まりの合図になっていた。
見上げる物の怪の頭上で、すんと鼻の鳴る音がする。
「本格的に風邪っぽいなぁ…。ねぇ、もっくん?」
「襟巻にしたら噛むぞ」
「…けち」
口を尖らせ、寒そうに体を撫でつつ歩き出す昌浩。物の怪はやや不満げな顔でその隣について歩く。
「無理をしないで、今日は寝ていたらどうだ?」
「そうはいかないよ。今日でもう4日目、絶対に今日こそ退治る!……へっぶしゅ!!」
「おいおい、気持ちは判るがなぁ…」
物の怪はその長い耳をくたん、と垂らしてぼやいた。
その亡霊が現れだしたのは、師走に入ってから。
最初は「二条大路に夜な夜な見慣れない面と服を纏った霊が現れ、都を徘徊している」と言う、噂程度の物でしかなく、昌浩も夜警でその姿を見る事は無かったか為に、何ら手は打っていなかった。
最初の連絡は、師走に入ってすぐの時に、雑鬼達からだ。
「お〜い、孫〜!」と言うお決まりの呼び声に始まった報告を、潰されたまま額に青筋浮かべて聞いてる少年の姿は、記憶にまだ新しい。
雑鬼ら曰く、なんだか件(くだん)の亡霊が狂暴化しつつあって怖い、と言う事らしい。ちなみにその際、「怖い〜!」の部分は大合唱で訴えられた。
「で、他には?何かを言っていたとか、どんな行動をしているとか、何か無いか?」
「あ!はーい、あったあった!」
小さな手をぴょこんと挙げたのは一つ鬼だ。
「人に悪さするんだ。この前は貴族の邸に入り込んで、そこの姫を脅かしたらしいんだ〜」
「脅かしたって、例えば?」
「御簾を刀でばさーっと切って、襲い掛かって行ったんだよ」
穏やかで無い証言に、昌浩と物の怪は顔を見合わせる。
「じゃあその姫は…?」
「ううん、へっちゃらだよ。切り掛かる前に自分から消えちゃったから。でも…」
「でも?」
「一緒に逢引きしてた男は、姫を置いて逃げちゃった」
途端に、「そーなのかぁ?」だの、「男なのに情けな〜い」だの、「おれも逃げるの見たかった〜」だの、野次が全員から挙がりまくった。
その喧しさに、一瞬げんなりした顔になる昌浩と物の怪。
「…他には?」
「夜にたまたま出くわした貴族の男は、切り掛かられて瀕死の重傷って話だぞ」
と、これは猿鬼。
「あ、巡回の検非違使2人組にもそれやってるの見た!」
「おれはどっかの廃屋の前でじーっとつっ立ってるの、前に見たぞ」
それらを一通り聞き終えた所で、物の怪は腕を組んで唸る。
「切り掛かったり、脅かしたり、徘徊したり…。行動も襲う相手も、いまいち法則が判らんな」
「でも、放っといたら良くないのは確かみたいだ」
「探すのか?」
「うん。怪我人が出てるなら、放っといちゃまずい」
そう言うと思ったよ、と物の怪は小さく笑う。
「お!さっすが孫、頼りになる〜♪」
…ぴく。
「期待してるぞ、孫」
……ぴくぴく。
「頑張れよ、孫」
………ぴくぴくぴく。
「ちゃっちゃと頼むぜ、孫」
ブチっ!!
「だから孫言うなぁぁぁっ!!」
禁句の連発に昌浩が絶叫する頃合いを見計らって、雑鬼達は鮮やかに散って行ったのだった。