小説
□ねちっこく、恐ろしい
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昔よりも、ねちっこくなった気がする。
「…騰蛇の愛情表現か?」
「違う違う」
地元のスーパーの中で、昌浩と、ベージュのハーフコートに青みを帯びた黒のジップアップセーターを着込んだ青年……つまり、人間に成り済ました姿の青龍との会話である。
冒頭の言葉に対し問い掛けてきた青龍に、昌浩は手と首を横に振って答えた。
「彷徨ってる霊魂だよ」
紅蓮がしつこくひっつきたがるのは元からだから。
言いながら視線を買い物メモに戻し、食料品の棚から豆腐を手に取る。
「ああ…それか」
「青龍もそう思うよね?」
「ああ」
隣の青龍が押す籠カートの中に豆腐を入れつつ長身の青年を見上げれば、素っ気無いながらも同意が返ってくる。
「気にせず祓えば良いだろう」
「それはそうなんだけど、やっぱり出来るなら助けたいって、思うからさ」
言いながら、冷食を幾つか掴んでまたカートに入れる。
それを聞きながら、じゃあ、と切り出す青龍。
「さっきから後ろを付いて来てるあの亡霊を祓わないのは、その疑問の為か?」
「それはねぇ、ここじゃ目立つからやりたくないだけ」
すました青龍の静かな問いに、苦笑混じりに答える昌浩。
後ろを振り向かずに言葉を交わす2人の顔は、ややげんなりとしたものが滲んでいた。
この建物の中に入ってしばらくしてから、ずっと付いてくる男の亡霊。
どんな理由でここに縛られているのかは、判らない。というのも、もう本人が忘れてしまっているからだ。
それなのに、訴え続ける。
『生き返りたい』と、繰り返し繰り返し。
「なんでかな…」
軽く溜め息を吐く昌浩。
苦しみから救いたくても、救えない現実がこれだ。
どれほどこちらから諭す為に語り掛けても、どの亡霊も死んだ事を忘れて泣き続けているか、ただ願いを訴え続けるばかり。
しかも離れようとしないのだ。
哀れな姿に対し鞭打つ様な言い方だが、この姿が「ねちっこい」。
正直、相手をするのが疲れる。
「声を聞くものは救う、聞く意志のないものは祓う。晴明の様に割り切れ。お前が悪い訳ではない」
「うん…ありがとう、青龍」
気遣いに対し素直にそう言って微笑めば、普段は固い彼の表情が少し柔らかくなって、くしゃりと頭を撫でてくれた。
端からみればそれは、仲の良い兄弟の様に見えるだろう。
今この場に物の怪がいたら、間違いなく少しだけ拗ねた様な表情を見せただろう。
ふと、青龍が棚から紅茶のパックを一つとコーヒーのビンを一つ取った。
「昌浩。今日の客人用に、これを買って行こう」
「え、それ?」
リストには無い品物を選ぶ事に首を傾げる昌浩。だが、少し考えてから、ああ、とすぐに納得した。
「そっか、じい様の家には日本茶か焙じ茶しかないもんね」
昌浩の了解を得た品物は、カートの中に納まって行く。
「あ、それなら甘い物もあった方がいいかな。待ってて、持ってくる」
「…それはお前が食べたいだけじゃないのか?」
「当ったり〜」
やれやれ、と肩を落とす青龍を尻目に、にんまりと笑って菓子のコーナーへ走って行く昌浩。
その後ろ姿を見ていると、まだまだ子供だ、と思い、目が放せない。
多分余計な物まで持ってくるだろうから、今度は自分がそれを見て、あの子の健康を考えて買う許可を下さねば。
そう考えて待っている青龍は、完全に親の境地になっていた。
「お待たせ、紅蓮!」
「ああ」
フードコートで飲み物を片手に雑誌を見ていた紅蓮は、昌浩の明るい声に顔を上げた。
こちらもラクーンファーで縁取られたフード付きの黒のダウンジャケットに、グレーのシャツ、黒のジーンズと言った人間の出で立ちだ。