あの日の君は、
□高校入学
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「……ん」
少女は眠りから覚め、ぱちっと目を開いた。
まだ働いていない頭に、天井が視界に映る。
次に目に映したものに、少女は─
「ぎゃぁあっ!!」
─朝からとんでもない悲鳴を上げた。
時計の針は8時37分を指している。
今日は無事に入学できた来神学園の入学式。
─入学式は、9時から始まることになっている。
急げば、ぎりぎりでなんとか間に合うだろう。
ただ、もう少し余裕を持って登校したかったのか、少女は部屋全体に響く声で怒鳴る。
「お母さん!何で起こしてくれなかったの!?」
慌てながら制服を着る少女は、返事が返ってこないことに気がついた。
ブレザーのボタンを止める手が止まり、ああ、と冷静に思考を巡らせた。
(…私、一人だった)
そうだったそうだった、と少女はカバンを持ち、家を飛び出した。
大丈夫、鍵は掛けた。
少女は走りながら、カバンから朝食を取り出した。
昨日コンビニで買ったバランス栄養食だ。
もぐもぐと食べながら、学校へと急いだ。
♂♀
「せ…セーフ…」
現在、8時55分。
たしかにセーフだが、ギリギリでもある。
早く教室に行かなければ、クラスメイトに置いていかれてしまう。
直ぐさま自分のクラスを確認し、上履きを履いて教室に走った。
遠くから、誰かの目が自分をを見つめているのも知らず。
ガラッ!と勢い良く教室のドアを開け、飛び込んだ。
「はぁ……はぁ……」
まさか登校初日からこんなに体力を使うことになるとは…
カバンを自分の机に置き、はあと溜め息をつく。
「──そろそろ入学式が始まるから、体育館に集まってください」
担任かもしれない先生の声で、生徒は次々と教室から出ていく。
出席番号順に並び、体育館へと足を運んだ。
♂♀
長い入学式も終わり、今はHRの真っ最中だ。
この学校の趣旨やら授業の内容やら、色々な話が飛び交う。
どうもこのような授業は、うとうとと眠くなってしまう。
春の陽気だからか、それとも単に少女が寝不足だからか。
「今日はお疲れ様でした。みんな、明日からよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」と、クラス全員から聞こえた。
その後はすぐに解散できた。
少女は走って昇降口へと向かった。
「──京平!」
京平、と親しげに呼ばれた男子高校生が振り向いた。
「なんだ。遅かったな」
「京平のクラスが早いんだよ」
彼の名は門田京平──少女の幼馴染みだ。
昔からよく一緒に遊び、ずっと一緒にいた。
だからなのか、門田は少女に友情以外にも、とある感情を抱いている。
笑い合う二人。可愛く整ったいわゆる『美少女』、門田自身もかなりの端正な顔立ちだ。
さっきから他の生徒がチラチラ見ながらこの美形カップルの眩しさを感じているが、二人は全く気付いていない。
「じゃあ帰ろっか、京平」
「あぁ」
その笑顔に門田は笑みを零し、少女についていこうとした。
─「ぎゃあああ!」
─「うわああっ!」
─「な、なんだコイツっ!」
─「化け物みてぇな強さだ!」
校庭から複数の悲鳴。
それも男の。
「…………」
「…………」
思わず黙り込んでしまう二人。
「……なに?今の悲鳴」
「……喧嘩だと思うぞ」
二人は目だけを合わせ、校庭に行ってみた。
「……うわ」
少女はその光景に声を漏らした。
グラウンドには、他校の生徒が倒れている。
それも15、6人くらいも。
気絶していて、あざがあちこちに出来ていた。
その中心には、金髪の男子生徒。
何故かサッカーゴールが歪んで倒れている。
「…アイツがやったのか?凄まじいな、これは…」
「あ…あのー、おーい、大丈夫ですかー?」
金髪男子はこちらを振り返る。
少なからず門田は驚いた。
「…頭から血流してて大丈夫もねぇだろ」
「……そっか」
血で顔が汚れてはいるが、それでもかっこいいと感じる。
金髪男子はこちらを向いたまま、バタンと前に倒れた。
「あ…倒れた」
「えっ!しゅ、出血多量!?大変じゃん!救急車ぁああっ!」
「叫んでも救急車は来ねぇぞ」
とにかく二人は金髪男子に近付き、安否を確認する。
「…生きてます?」
「いきなりそれか」
つんつんと肩をつつくと、くぐもった声で返事をした。
「……………腹減った」
「………………はっ?」
が、返事というには、微妙だった。
♂♀
「……」
門田は向かいの席でハンバーガーをもふもふと食べている金髪男子──平和島静雄を睨むように見ていた。
正直言ってしまえば、少女と二人だけで帰りたかった。
それを邪魔されたのが気にくわないらしい。
「えーと、平和島静雄さん?」
「ん、」
こくりと頷いた。
どうやら、そうだ、の意味らしい。
「美味しいですか?」
「そこじゃねぇだろ」
この二人のボケとツッコミは絶妙だ。
それだけ長く一緒にいるということなのだろう。
静雄はハンバーガーを飲み込むと、口を開いた。
「…美味いな、ここのハンバーガー」
「お前も普通に答えんな」
埒が明かねぇ、と門田が質問することにした。
「…あの人数、お前が一人でやったのか?」
「あぁ。あれだけの人数は日常茶飯事だし」
「スタンガンとか鉄パイプとか持ってた奴もいたんだが…」
「…俺、そういうの平気なんだよ」
「……?」
黙って二人の話を聞いていた少女が、おおっ!と声を上げる。
「そうなんだ!あんなの平気なんて凄いね、平和島くん!」
「そうだな。すげぇなお前」
「っ……!?」
平和島静雄が、一瞬酷く驚いたようだったが、直ぐに戻った。
「……お前ら、怖くないのか?化け物みたいだって…思わないのか?」
「全く怖くないよ。ね、京平」
「あぁ。強いんだな、お前」
「……………」
俯いてしまった静雄の表情は読み取れない。
「……あれ。おーい、平和島くーん…?」
反応がない。
「……おい、どうした?」
具合でも悪いのか?と門田は問う。
頭を振る静雄に、門田と少女は顔を見合わせ、首を傾げる。
「…大丈夫?」
少女が静雄を覗き込む。
が、静雄は少女から逃げるように顔を背けた。
「……あ、ごめん」
静雄はその言葉に顔を上げ、声を上げた。
「ッ、い、いや。そうじゃなくて……」
静雄は目を細め、淡々と話し始めた。
「俺、前々から"化け物"だの、"喧嘩人形"だの言われてたから……そんな風に言ってくれる奴なんて初めてだった。……正直言うと、嬉しかった」
「…そっか…。──なら、私たちと友達になりましょう!」
一瞬悲しそうな表情になったが、少女は笑顔で静雄に握手を求めた。
ゆっくりと、少女の手を握る。
静雄は、少女の温かさを知った。
「よろしくね平和島くん」
「……よろしくな」
静雄が柔らかく笑い、少女を見つめる。
「ほら、京平も!」
「…あ、あぁ」
門田は少女の優しさを再確認しつつも、小さな嫉妬心が芽生えていることにも気が付いた。
話に花を咲かせる中、静雄がずっと少女の方を見ているのが門田は分かってしまった。
複雑な心境の中、少女だけはニコニコと笑顔を絶やさなかった。