あの日の君は、
□虚心坦懐
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──…暗い。
携帯を開くと、まだ2時を回ったばかりらしい。
美雪は、夜中に目を覚ましてしまったのだ。
昨夜は門田と静雄にメールを返し、風呂に入った。
テレビのチャンネルを回してみたが、どれも暇潰しにはならなそうな番組ばかりだった。
ベッドに寝転び、そのまま眠ってしまったらしい。
美雪は部屋の電気を点け、ベッドから降りた。
冷蔵庫からスポーツドリンクを出し、一口飲む。
渇いた喉を潤し、胃の中に入っていく。
静かな部屋を見ると、私は一人なんだな、と他人事のように感じた。
少女が孤独感に襲われるのは、これが初めてではなかった。
最初は両親が共働きで毎日遅く帰ってきていたこと、両親が離婚し、母と二人で暮らすことになったこと、その母は、今──行方が分からない。
高校入学が決まった途端、母は姿を消した。
15歳だった少女は、はっきりと『自分は捨てられた』ことが直感で分かってしまった。
それでも、学校にいる間だけは孤独を感じることはなかった。
幼馴染み──門田京平の存在があったからだ。
彼は少女の異変に気付いていただろうが、探りを入れることはしなかった。
ただ、前よりも一緒にいてくれると感じた…。
ベッドに入った美雪は、再度眠気に襲われた。
それに従って、ゆっくりと瞼を下げた。
──美雪は夢を見た。
小さな子供が、大きな部屋の真ん中にぽつんと座っている。
テーブルには置き手紙。
いつもの決まった言葉『遅くなるのでご飯は買ってきて食べてください』。
そして置かれた千円札が二枚。
経済的にあまり余裕はなかったため、置いていってくれるお金はこれが精一杯なのだ。
少女は最低限のものしか買わず、なるべくお金を使わないようにした。
──あぁ、このせいであんまりコンビニのお弁当とか食べなくなったんだっけ。
その呟いた台詞も、他人事のように聞こえる。
…懐かしいなぁ。
目覚ましが鳴る前に、美雪は起きた。
制服に着替え、気持ちを切り替える。
「おはよ、京平」
自分のアパートの前で待っていてくれた幼馴染みに、手を挙げながら挨拶する。
「はよ。…なんか疲れた顔してんな。昨日ちゃんと寝たのか?」
「え、そう?」
「学校始まったばかりだから、疲れが出たのかもな。無理すんなよ?」
こうして自分の微かな異変に直ぐに気付くものの、何があったのかまでは問わない。
遠回しに、『大丈夫だから』と言っているのだ。
美雪は、門田のこういうところが好きだ。
孤独感に襲われることは、なかった。
学校に近付くにつれ、徐々に来神高校の制服を着る生徒も増えてきた。
「──美雪!」
後ろから聞こえた声に、門田と美雪は振り返った。
何となく門田は誰か予想できた。
駆け寄ってきた金髪男子──昨日知り合ったばかりの平和島静雄だった。
やっぱりな、と門田は静雄を見ながら思う。
「あ、おはよ。静雄くん」
「よぉ」
静雄の表情は柔らかい。
入学式当日にあのような派手な喧嘩をした人物と、同じとは思えない程だ。
周りの学生は、静雄を避けるように歩いていく。
あちらこちらから「平和島静雄だ」「あの馬鹿力野郎か」だの聞こえる。
ひそひそと話す生徒など目もくれず、歩き出す。
三人一緒に並んだ。左から門田、美雪、静雄の順だ。
二人の身長が高いためか、美雪は小さく見える。
見上げて自分と話す彼女を、男子二人は可愛いと素直に思った。
「休み明けテストかぁ…嫌だなぁ」
朝から憂鬱になりそうなことを言う美雪。
門田は肩を落とす美雪を見ながら言う。
「学生なんだから仕方ねぇだろ」
「…それはそうだけどさ…」
拗ねる美雪に薄く笑みを浮かべながら、門田は彼女の頭をわしわしと撫でた。
「ちょ、京平っ、髪が崩れ…崩れてる!」
笑う門田に美雪は髪を直しながら怒る。
静雄は、ホントに仲いいんだな、と二人のやり取りを見ながら感じた。
楽しそうな二人の会話。
──俺がこんな二人の仲間に入っていいのか?
そう思った。
「──静雄くん?」
いきなりヒョイッと顔を覗き込まれ、静雄は驚く。
近すぎる美雪を見ると、顔が熱くなった。