あの日の君は、
□青息吐息
1ページ/1ページ
「…………」
「…………」
「…………」
──この状況を、俺はどう説明すりゃいい?
門田は前を歩く少女──美雪を見つめながら思う。
──さっきから一言も喋らねぇし、俺も話し掛けるタイミングが分からない。
どよ〜ん、という言葉が似合いそうな美雪は、疲れた様子で歩いている。
──さっき、折原臨也って奴にあんなことされたんだから……こうなって当然……か?
あんなこと、というのは、臨也にファーストキスを奪われたということだ。
美雪はまだその事実を受け入れられず、頭の中できれいに整理することで精一杯だった。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…あのノミ蟲野郎、絶対殺す。めらっと殺す」
物騒な単語をいくつも並べる青年──平和島静雄。
怒りが頂点に達しているようだが、生憎その原因となっているノミ蟲野郎とやらはさっさと消えてしまった。
「……あの、京平?」
十数分口を聞かなかっただけなのに、いやに久しぶりに声を聞いたと、門田は安堵する。
「私、さっき…………」
「あぁ……」
「き…キス…されたよね?」
──むっ……
門田は眉間に皺を寄せる。
彼女はただキスをされたという事実を、見ていた門田に確認しただけだ。
キスされたのを見た時は、動かなくなった美雪が心配でそれどころではなかったが──今になって質問されると、やり場のない怒りが込み上げてくる。
「…思い出したくない」
門田の無言を肯定だと解釈すると、美雪は再び頭を抱えた。
「よし、美雪。あのノミ蟲は俺が殺す。安心しろ」
「…『殺す』っていう言葉が出てくる時点で安心できないけど………ありがと」
──…やっと笑ったな。しかし、アイツ……折原臨也は、何で美雪に話し掛けたんだ…?
狙ったかのように、彼女に近付いてきた臨也。
真意は分からないが、門田は嫌な予感がした。
門田のこういう勘は良く当たるため、ますます気にしてしまう。
顎に手をあてて歩きながら、一体何なんだ、と考えを張り巡らす。
「……それじゃあ、またね」
はっと我に返り、力なく手を振る美雪の方を向く。
「あ。お、おう」
とぼとぼと歩く少女の背中を見つめる。
♂♀
「門田…お前、良く耐えられんな」
「あ?何だよ、急に。つーか何が?」
「ほら、俺って短気だから……好きな女にあんなことしたノミ蟲を、ぶっ飛ばしちまいたかった。そんくらい怒ってたっていうか……でもお前、俺みたいに良く怒らなかったなって……」
「……いや、怒ってたぜ?めちゃくちゃな」
「そうなのか?」
「…あん時は、ただ美雪が心配なだけだったけど。後になってみたら段々と腹立ってきたな」
「そうか…」
「……つーかさ、さっき平然と『好きな女』って言ったよな」
「……………!あ、あれは、勢いに任せてというか……」
「お前がどんどん美雪を好きになってくの、バレバレだぞ」
「ば、バレバレ…」
「あいつって、寂しいの大嫌いだからな。仲いい奴が増えて嬉しいんだ、きっと」
「……そうか…俺も嬉しい」
♂♀
門田京平と平和島静雄の間に友情が芽生えつつある頃。
少女はさっきとは違い、早歩きでアパートを目指していた。
──…なんか変だな。付けられてる…?
早くしたり、遅くしたりすると、足音も同じように歩く。
仕方ない、と美雪は鞄を持ち直して一気に走り出した。
アパートの入り口まで来た途端──後ろから伸びてきた手に、口を抑えられた。
「───っ!!」
すぐに静寂が訪れた。
そこで何が起きたか、消すように。
少女が何者かに連れ去られたのをなかったことにするように──。
♂♀