あの日の君は、
□不撓不屈
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真っ暗で何も見えない部屋。
少女は最初そう思った。
しかしそうではなく、黒い布で目を隠されていただけだ。
足は動かず、手錠をかけられ、身動きが取れない。
更には、柱か何かに身体を括りつけられている。
喋れない。
しばらくすると、カツカツと堅い革靴の音が聞こえてきた。
「あ、起きた」
高くもなく低くもなく、バランスの取れた声。
男ということだけは分かる。
「おはよう美雪ちゃん」
名前を知っているらしいが、美雪にはこのような声の持ち主が誰なのか、見当もつかなかった。
「……ごめんね。俺、君が好きなんだ。でも君は俺のことを知らない。…だから、知ってもらおうと思って」
そこで目隠しを取られる。
廃墟のような建物に、眩しい日差しが差し込む。
光を背に、目の前で微笑んでいるのは、案の定知らない男だった。
「…君も悪いよ。門田京平、平和島静雄…この二人と妙に仲良くして……挙げ句の果てには、折原臨也とキスなんかしちゃって」
──何、それ…。
美雪が睨むと同時に、携帯の着信音が大きく反響した。
「……さっきから、何回も鳴ってうるさいんだよね。でさ、確認してみたら『京平』と『静雄くん』の名前でいっぱいだったよ」
男はそこで少女の携帯を取り出して笑う。
「…俺は、君に『愛情』を抱いている。大丈夫、きっと君もこれから俺を愛するようになるさ」
男が美雪に近付く。
ゆっくり、ゆっくり……。
美雪は大きく目を見開く。
もう男は、目の前にいた。
♂♀
美雪がストーカー男に監禁され、意識が戻る前のこと。
門田は美雪の住むアパートまで来ていた。
インターホンを押すが、返事はない。
──まさか、鍵開けっ放しにしてるんじゃないだろうな。
ドアノブを捻るが、鍵はしっかりと掛かっている。
「……」
──先に学校行った…のか?
門田はアパートを後にし、足早に学校へ急いだ。
「は?…そうなのか?」
学校に着いてすぐ、門田は美雪のクラスへ向かった。
すでに平和島静雄がおり、聞いてみたがまだ来ていないという。
──あいつ、遅刻するような奴じゃねぇしな……
「…ありがとな、とりあえず美雪に連絡してみるから」
「何かあったのか?」
「あぁ…美雪の家に行ったらもういなくてよ。もしかしたら、学校に来てんのかなって思ったんだよ」
「……心配だな…俺からも連絡してみる」
「おう。じゃあな」
携帯を取り出し、美雪にかける。
──頼む。出てくれ…
妙に不安になり、神にでも祈るような気持ちで耳を傾けた。
トゥルルル…トゥルルル…
その願いも虚しく、美雪は出ない。
今までこんなことはなかったはず。
──まさか、何かあった?
そこから、門田の頭に嫌な考えばかりが浮かんでは消える。
──あいつ結構告白されてきたし……それを断られて……とか……
まずい、と思った瞬間、担任が出席簿を持って教室に入って来た。
門田はそれに一瞬戸惑ったが、美雪のことを思うといてもたってもいられなくなった。
「こ、こら門田!一体何処に行くんだ!」
「保健室ですッ!」
♂♀
「門田!」
池袋を疾走していると、左から静雄が息を荒げて走ってきた。
「…美雪、電話に出なかった。……静雄、お前は?」
「俺も駄目だった。んで、美雪を捜したかったから学校出て来た」
素直な気持ちを述べる静雄。
──そうだよな。コイツも美雪が心配なんだよな…
「とにかく捜してみるしかないか」
「そうだな」
二手に分かれ、二人は全力で駆けていく。
──美雪……無事だよな?
♂♀
「ーーーーッ!!」
出ない声で必死に叫ぶ。
男はテーブルナイフで少女のブレザーを切り裂いた。
胸部に掠り、白いシャツに赤が滲む。
「あっ。ごめん、痛いよね」
深くはないが、鋭い痛みが襲ってくる。
男が切り傷に触れると、更に痛みが増した。
「………ッ!」
「…あれ、止まらないな、血」
辺りに広がる、自分の血の匂い。
グラグラとした意識の中、美雪は必死に気を失わないように繋ぎ止めていた。