あの日の君は、
□意中之人
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教室でも一際目立つ金髪──平和島静雄は項垂れている。
主人に見捨てられた子犬のように、その表情は寂しそうだ。
クラスメイトは、同じクラスの美少女──神崎美雪の存在が、静雄の中でどれだけ大きいかを知らされた。
美雪は今日、欠席でいない。
先日のストーカー事件で、美雪は胸に傷を負った。
岸谷新羅に診てもらったところ、大丈夫だが無理に動くと傷が開くので何日か安静にしておくように、との診断が出たのだ。
──美雪って一人暮らしなんだよな…。
──…大丈夫かな。
門田と放課後見舞いに行く、と約束したが、それまで静雄は待てるのだろうか。
幸い明日は土曜だ。
家族に許しを貰えれば、美雪の世話を付きっきりで出来る。
時計をチラチラと気にしながら、静雄は放課後を心待ちにする。
♂♀
「…………」
ベッドに寝そべり、胸の包帯に目をやる少女。
──こんな傷なのに絶対安静か……
溜め息を吐いて天井を見つめるが、勿論何かが起こる訳ではない。
寝ようと目を閉じるが、一向に眠気は襲ってこない。
──…うわぁ…暇だなぁ…
トゥルルル トゥルルル
携帯が鳴り、美雪は頭だけを起こす。
通話ボタンを押し、耳に当てる。
『ヤッホー。元気?美雪ちゃん』
「………」
『あれ?まさか俺の声忘れたとは言わないよね』
「存じ上げません」
『ひどいなぁ』
いつもの調子で電話をかけてきたのは、昨日美雪が助けてもらった美青年だ。
「…今授業中じゃなかったっけ。折原くん」
『そうだね』
「いや、授業受けないのかな?って思って」
『だって俺、今学校にいないもん』
──"もん"じゃない……って、なに?
『さて、美雪ちゃんに問題です!俺は今何処にいるでしょーか!』
「………池袋」
『…随分広い範囲で来たね。まあ合ってるけど』
ピンポーン
『あ、絶対安静なんでしょ?そのままでいいよ』
「?何言って……」
ガチャ
『「お邪魔します」』
携帯から、すぐ傍から聞こえた声。
──………………。
「部屋、綺麗だね」
折原臨也の登場に、美雪はただ口を閉ざすしかなかった。
「お見舞いに来たよ美雪ちゃん」
「な、なん……ッ!」
何で家を知ってる、と聞きたかったが、情報屋だから、と返されるのがオチだろう。
「絶対安静なんだから寝てなきゃダメでしょ?」
爽やかな笑顔を浮かべる臨也に、苦笑しながら冷や汗をかく美雪。
臨也はベッドに座った。
ギシッと軋み、臨也の顔が近付く。
「大丈夫?」
「…え…あ…う、うん」
──やっぱこうして見るとかっこいいんだよなぁ。
「これ」
持っていたコンビニの袋から、スポーツドリンクと野菜ジュースを取り出した。
「どっちがいい?」
「……野菜ジュース」
「はいはーい」
紙パックについていたストローをさし、美雪に手渡す。
臨也の何気ない優しさに、警戒心が徐々に解れていく。
野菜ジュースを飲み終わり、美雪は再び横になる。
胃に何か入れたおかげか、とろんと眠くなってきていた。
静かに寝息を立てる少女に、臨也はふっと笑う。
頬を撫でると、臨也は、はっと我に返った。
「……ダメだな、なーんか…」
──美雪の前だと、いつもの調子を保つのが難しいな。
自嘲しつつ立ち上がり、臨也は美雪の頭を撫でて寝室を後にした。
♂♀
ここ、池袋には『生きる都市伝説』が存在する。
それが首なしライダー、セルティ・ストゥルルソンの存在だ。
ライトもバックナンバーもつけていない漆黒のバイクに跨がり、疾走する──これは池袋の街に住む者たちにとって、当たり前の情報だ。
ただ、見れれば幸運ということで、馬の鳴くようなエンジン音を耳にすると携帯のカメラやムービーを起動する者が殆どである。
しかし、池袋の者でもごくごく一部しか知らないことがあった。
セルティには、高校に入学したばかりの同居人がいるということ。
眼鏡をかけ、特殊な性癖を持った青年、岸谷新羅。
新羅は今学校に行っており、セルティも運び屋の仕事を片付けていた。
ライダースーツに身を包んだ彼女は、愛馬に寄り掛かり、昨日の同居人の言葉を思い出していた。
「ねぇ聞いてよセルティ!僕の学校にすごい女の子がいたんだ!」
『何だ?』
新羅から貰ったPDAに文字を打ち込み、それを彼に見せる。
「"平和島静雄"っていう小学校の同級生が、私の高校と同じだったんだよ」
『…ああ、前に"火事場の馬鹿力"とか言っていたな』
「その静雄がさ、入学式当日に10人くらいの他校の生徒とやり合ったんだって」
すごい女の子はどうした、と思ったが、静雄の強さは新羅から聞いていたので興味があった。
「喧嘩の最中に頭をやられちゃったらしくて、血ダラダラでさ。終わったかなって思ったら、そこに女の子が登場したんだ」
『その子がすごい女の子なのか?』
「そうなんだよセルティ!違う男の子と一緒で、ぶっ倒れた静雄に近付いていったんだ。よっぽどの怖いもの知らずか、静雄のこと知らなかったんだろうね」
『…新羅。今の話のどこに女の子がすごいと分かるんだ?』
「すごいのはこれからだよ。静雄に肩を貸して、ご飯食べに行ったらしいんだけどね。直ぐに友人になって、しかも自分に惚れさせちゃったんだ!」
『一日で惚れさせたあたりはすごいな』
「静雄って年上趣味だって聞いたけど、変わるもんなんだなって驚いたよ。あ、俺はずっと前からセルティ一筋だけどね!」
相変わらずの同居人のテンションに溜め息をついたところで、『すごい女の子の話』は終わった。
しかし、その後の新羅の言葉を聞き、セルティはたしかにすごい、と感じた。
「その女の子なんだけど、折原臨也っているだろう?そいつのことも惚れさせちゃったみたいなんだよねぇ」
──あの「人、ラブ!俺は人間が大好きだ!」って言っているような奴が…。
──新羅が言った名前…『神崎美雪』だったな。
入学式での出来事を、可笑しそうに新羅に話していたのは臨也だ。
最も、臨也が美雪を好きだというのは新羅の推測に過ぎないのだが。
「え、神崎さんかい?美少女って感じかな。セルティの次に」
セルティ、ラブ!と叫ぶ新羅の姿を想像し、彼女は肩を上下に揺らした。
嘶くバイクを走らせ、セルティはまた池袋を駆け巡る。
♂♀
先程の眠気がなかったかのように、すっきりした頭で目覚めた。
そこに臨也の姿はなく、帰ったのか、と思った。
急に静かになった部屋。
美雪は包帯を押さえ、ベッドから降りた。
彼女の傷は大したことはない。
しかし、あまりにも出血し過ぎたため、無理に歩くと貧血を起こしてしまう可能性がある。
──あれ。目の前がぼやける。
視界が傾き、足がふらつく。
気が遠くなり、美雪の意識が途絶えた。
ドサッ…
「──美雪ッ!?」
目を覚ますと、少女はベッドに寝ていた。
包帯が新しいものに変えられているのに気が付いた。
そして──自分のことを真剣な表情で見つめている臨也に、美雪はドキッとした。
「あ…お、折原くん…」
「…絶対安静っていったのに」
ヘラヘラと笑っている臨也のイメージしか定着していないためか、ギャップがありすぎて別人じゃないかと見間違えてしまいそうだ。
「……ごめんなさい」
「柄にもなく焦っちゃったじゃない……」