あの日の君は、
□破顔一笑
1ページ/3ページ
某チャットルーム
《皆さん!ニュースです!》
《来神高校の前をうろうろしていた子供が、お母さんを見つけたらしいですよ!》
《え》
《もしかして『美雪』って子?》
《違いますよ、お母さんじゃなくて『お姉ちゃん』です》
《あれ、そうなんですか?》
《さすが情報通の甘楽さんですね!》
《名前は合ってますけど》
《チラッと見たなぁ、その女の子》
《なんか、男の子のことおんぶしてましたよ》
《姉弟愛ってやつですね》
《私その女の子見たことありますよ、じーっと》
《セクハラですか甘楽さんw》
《違いますw》
《あ、もしかしたら、美雪って子が生んだのかもしれませんね!その男の子》
《……どうなんでしょう?》
《冷たッ!》
《その可能性もありそうですよね》
《あ、すみません。しばらく落ちます》
《甘楽さん、早く戻ってねー》
《その姉弟の話、もっと聞きたいですよー》
♂♀
池袋を歩く一人の少女と小さな少年。
神崎美雪の手には夕飯の材料が入ったエコバッグ、反対の手は少年の手と繋がれている。
「今日はカレーでいい?」
「うん!」
制服を着ていることから、来神高校の帰りに少年とスーパーに寄ったのだろう。
高校に通いながら家事をこなすのがこんなに大変だとは思わなかった。
門田京平と平和島静雄は、困ったことがあったらすぐに呼べ、と心強い言葉を言ってくれたのだが、あまり迷惑をかけるわけにはいかない。
楽しそうな少年と、欠伸を噛み締める美雪の背後に近付く人影。
「美雪。久しぶり」
「!あ……臨也」
制服ではなく、ファーつきのコートを着た臨也が、笑顔で立っている。
「あぁ……その子。引き取ることにしたんだってね」
「うん」
臨也がそのことを知っていることに、あまり驚きはしなかった。
「お姉ちゃん。この人誰?」
「折原臨也っていう、私の……友人かな」
「その間が気になるけど。あ……ねぇ、君、何歳なの?」
臨也が少年を見下ろしながら尋ねる。
相変わらず笑顔は崩さない。
「……8歳」
「へぇ、そうなんだ。なら小学3年くらいだね」
「……いざやお兄ちゃんは、何でそんなに嬉しそうなの?」
美雪の周りには、門田や静雄といった滅多に笑わない人物がいるからだろう。
ずっと笑顔の臨也に、少年は不思議そうに、そして不安そうに問う。
「んー、なんでだろうねぇ。……楽しいから、かな」
「楽しいから笑ってるの?」
「そうだよ。君も美雪と一緒にいると楽しいだろう?その証拠に、さっきはずっと笑ってたじゃないか」
変な理屈をつらつらと重ねる臨也に少年は大きく頷いた。
「僕、お姉ちゃんといると楽しいし嬉しい!」
「ほら、だから笑うんだよ」
お姉ちゃん、と言いながら抱き着く少年の頭を美雪は優しく撫でる。
「臨也、ここで何してたの?」
「いや、美雪を待ってたんだよ」
エコバッグの中身を覗いた臨也が笑う。
「今日はカレーなんだね。子供向きの甘口。それに野菜もたくさん。…弟想いで結構なことだけど。美雪さ、最近ちゃんと寝てる?」
その指摘に、美雪は心臓が跳ねた。
美雪の最近の生活リズムはこうだ。
朝は早く起きて二人分の朝食を作る。
それから学校の授業を受け、終わったら夕食の材料をスーパーまで買いに行く。
夜は少年と夕食を済ませ、彼が寝たあと、美雪はこっそりと家を出る。
アルバイトで生活費を稼ぐためである。
アルバイトを終え、深夜に帰宅して風呂に入る。
そのあとすぐに寝るのだが、睡眠時間が極端に少ない。
少年が不安そうに美雪を見つめている。
「…ね…寝てるよ?仮眠程度には」
「目の下にクマ出来てるけど。それに疲れた顔してる」
思わず指差された部分を手で隠す。
「ドタチンとかシズちゃんには?」
「な、何が……?」
「バイトのこと。二人に何の話もしてないんでしょ?」
何故こうもこの男は図星をついてくるのか。
二人に話してしまえば、無理をしすぎだ、と叱られるに決まっている。
それに心配をかけてしまう、と彼女はいつも自分の中に理由をつけてはそれを溜め込む。
──ドタチンが美雪をほっとけない理由、分かった気がするなぁ。
黙ってしまった美雪に、臨也はこう申し出た。