あの日の君は、
□満心創痍
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♂♀
あれは、俺が小学校に入る前のことだ。
凄く仲が良かった女の子がいた。
出会ったのは、近場の公園。
ブランコを漕いでいた彼女は俺に気付くと、寂しそうに微笑んだ。
大人びたその表情に、俺は初めて女の子を「可愛い」と思ったのを覚えている。
周りからは実の兄妹みたいだと言われていたし、俺もその子のことを妹みたいだと思ってた。
あの時はその子と遊ぶのが楽しくて、一日中家に帰らず一緒にいたいとさえ考えていた。
美雪には父親がいなかった。
離婚らしい。
幼かったけど、それがどういうことかすぐに分かった、と涙を堪えながら俺に言った。
『もう二度と、お父さんには会えないの』
母親と二人暮らしという影響もあってか、美雪は寂しいのを酷く嫌っていた。
俺は初めて、寂しくないように彼女の傍にいてやろうと思った。
♂♀
小学校に入った。
俺と美雪は相変わらず仲が良かった。
しかし、それを面白がって囃し立てる連中も一気に増えた。
俺はそんなこと気にしなかった。
美雪は相変わらず俺に笑顔を向けてくれる。
この子を守りたい、なんて、今考えたらマセガキだったな、俺って。
美雪は、人気者だった。
俺は初めて嫉妬という感情を知った。
でも、俺にだけ笑顔を見せてくれた。
やっぱり可愛いと思った。
♂♀
小学校上学年になった。
美雪がいじめられていると知った。
何で人気者の美雪が?と、俺は友達に聞いてみた。
女子の単なる嫉妬だった。
俺と一緒にいる間はいじめられないから、いつも以上に一緒にいるようになった。
それでもいじめにあった時、止めようとした俺を美雪は大丈夫だからと口パクで言った。
ここでも、やっぱり囃し立てる連中が出て来る。
美雪から段々笑顔がなくなっていくのが、俺は凄く悲しかった。
♂♀
中学生になると同時に、いじめはぱったりと無くなった。
お互い友人が増えて、喋ることは少なくなった。
それでも美雪が好きだった。
薄々感づいていた感情が、やっと恋だと気付いた。
♂♀
美雪を意識するようになり、少し距離を置いてしまった。
俺は、美雪が寂しいのを嫌うことを、忘れてしまっていた。
美雪の欠席日数が日に日に増えていった。
心配で、美雪の家に走って行った。
家から出て来た美雪は、目を腫らしていて、泣いていたと一瞬で分かった。
俺の姿を見るなり、美雪が抱き着いてきて軽くパニック状態になった。
嗚咽を漏らし、泣きじゃくる美雪を見て俺は自分を呪った。
俺が話しかけてくれなくて辛かった、と、美雪がそれを溜め込んでいたと知った。
次の日、一緒に学校に行こうと美雪の家まで迎えに行った。
美雪は俺の好きな笑顔で、出迎えてくれた。
久しぶりに美雪が学校に来ると思うと、楽しくて仕方がなかった。
一緒に登校してきた俺達を見て、噂を流す奴もいたが。
からかう連中は、もう誰一人いなくなっていた。
♂♀
受験を控えた俺と美雪は、一緒の高校に行こうと約束した。
二人とも無事に試験をパスし、喜び合った。
高校に合格した翌日──美雪は突然元気を無くした。
あんなに笑っていたのに。
何かあったのかと聞くことはせず、ただ傍にいた。
美雪の笑顔がぎこちないことには目を背けた。
♂♀
俺達は、晴れて高校生になった。
クラスは違かったから残念だったが、入学式が終わり、俺を見つけた途端、走ってきた美雪が可愛かった。
そして──俺と美雪は、平和島静雄に会った。
美雪と静雄はすぐに友達となった。俺は複雑な気持ちだった。
美雪が一人暮らしをしてるのを初めて知った。
帰り道、静雄という恋敵ができた。
♂♀
お前は昔からそうだった。
でもちょっとくらい──
「俺に甘えてくれたっていいだろ……」
美雪の手を握る。
少し骨張っている手、俺は泣きそうになるのを堪えて声を絞り出した。
「俺だけじゃねぇ……静雄だって、こんなに焦ってここに来たんだ。助けてって言えよ……な?」
「……ごめんね……」
目から涙を流すのを見て、俺は美雪の頭を撫でた。