あの日の君は、
□暗雲低迷
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♂♀
「こんにちは」
「どうも。俺のこと、誰から聞きました?」
「独自で手に入れました」
「へぇ!そりゃ凄い!」
「早速ですが、教えて頂きたいことがあります」
「えぇ、構いませんよ」
「……『神崎美雪』という少女をご存知ですか?」
「はい」
「彼女について知っていることを全て教えてください」
「……高くつきますよ?」
「お金は払います」
「……ま、いいでしょう。俺は情報屋ですから」
「まず彼女の近況について。……お願いします」
♂♀
人間ってのは面白い。
それに、人間の巡り会わせってのも見ていて飽きない。
大雑把に話したのに結構な金額くれちゃうんだねぇ。
……ま、美雪のことを全て知ってるのは俺だけでいい。
♂♀
「『門田京平』さんの連絡先を教えてほしいのです」
「…ドタチンの?…それだけですか?」
「……はい」
「……うーん……連絡先だけとなると……」
「お金なら、私の財布を持っていってください。……私にはもう必要ありませんから」
「……分かりました。この紙に書いてあるのがドタチンの連絡先です」
♂♀
巡り会わせってのは面白いけど、ごくまれに俺のことを驚愕させる。
立て続けに情報が欲しいって手紙が来るとはね。
しかも身近にいる人間の情報ときた。
「あの、折原くん」
人が楽しんでいるところに誰だと思ったら……。
可愛い女の子がもじもじと立っていた。
ああ、告白か。
参ったな。
いつもならどっかに連れ込むんだけど……最近はどうもそういう気分にはならない。
女の子がもじもじしてる間に、美雪にメールを打った。
From:折原臨也
Sub:
本文
───────────
今すぐ屋上に来て♪
そしたらいちご牛乳奢ってあげる
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最近見かけなかった臨也からのメールを開く。
彼女は不思議に思いながら席を立った。
♂♀
屋上に現れた美雪を手招きする。
しかし、臨也の前でもじもじとしている女の子を見て、今まさに告白タイム中といった雰囲気に、なかなか近付けない。
臨也はクスッと笑い、美雪の元へ駆け寄った。
「ごめんね。俺、美雪と付き合ってるんだ」
「……えっ……あ…」
美雪は、これが臨也からの仕事だとすっかり忘れており、今やっと気付く。
好きだという単語を言わせることもせず、臨也は遠回しに女子をふったのだ。
女子は涙目で美雪を睨むと、屋上を出て行った。
「ありがとう美雪。助かったよ」
いくら契約とはいえ、表向きには付き合ってることになっている二人。
「……臨也って、好きな人いないの?」
「俺は人間全てが好きだけど?」
「あ……そうですか」
聞くんじゃなかった、と言わんばかりに美雪は溜め息を吐いた。
「それはそうと、初仕事ご苦労様。あとこれ。いちご牛乳ね」
コンビニに売っている、苺のイラストの紙パックを渡される。
「……ありがとう」
「どーいたしまして。あ、それとドタチン、今日は早退したみたいだよ」
「え……京平が?」
今朝一緒に登校した時は、元気そうだったのに。
もしかしたら空元気だったのかも、と美雪はいちご牛乳にストローを挿す。
「風邪気味だけど心配いらないってさ」
「そう……」
それでも門田が気になる様子の美雪に、臨也は胸の辺りがイラッとした。
「ねぇ、美雪」
美雪の気を引きたかったのか、ぐいっと近付く。
「……な、なに……?」
目を瞬かせる彼女に、顔を綻ばせる。
「もし、の話だけど、俺が美雪のこと好きだって言ったら……どうする?」
「……臨也が、私を……好き?」
何故だか、答えを待ち侘びている自分がいることに気付き、表情を変えないように気を配った。
「臨也モテるし、もっと可愛い女の子にした方がいいよ」
などと、ずれた発言に臨也は笑顔のまま固まる。
「もしの話って言ったじゃない……」
「いや……何か、私に臨也は勿体ない気がして」
「………………それ、」
──どういう意味?
と、疑問を投げる前にチャイムが鳴ってしまった。
「あ。ごめん、臨也。私もう行くね!」
臨也は美雪の背中を見たまま、携帯のアドレス帳を開いた。
遊び半分で交換した女子のアドレスの中に交じる、美雪の名前。
体育の授業であるクラスの声を聞きながら、携帯のキーを何度も弄った。
♂♀
「何だよお前。しばらく来ないと思ったら、名前つけてもらったんだって?意味ないのによ」
「しかも高校の前うろうろして、かなり有名になったらしいじゃん」
男子生徒が、とある男子の机の周りに集まり、罵声を浴びせている。
周りの生徒は見て見ぬふりで、助けようと試みる者は誰一人としていない。
担任はいじめに全く気付かず、みんな仲の良い明るいクラスだと思っている。
「何も出来ない弱っちい泣き虫のくせに」
「いつもケガしてて良く死なねぇな、お前」
「母親に愛されなかったくせに」
それは少年にとって残酷で、一番言われたくない言葉だった。
──お姉ちゃん……
──お姉ちゃんがいたら、どうしていただろう……
頭の中に浮かぶのは、姉の笑顔。
──お母さんは、僕を愛してくれなかった。
──いつも怖い顔で僕を殴って、『死ね』と言ってきた。
──一番怖かったのは、包丁を僕に持たせて、『指を切れ』と言われたことだ。
──僕はあの場所とお母さんから逃げたくて、お姉ちゃんに逢いにやって来た。
『優。言いたいことがあるならはっきり言えばいいの』
ある日、姉が自分に対して言った言葉がリピートされる。
優は机を叩いて立ち上がり、周りのいじめっ子たちを睨みつけた。
ピタリと罵声がやみ、皆が沈黙を守っている。
見て見ぬふりをしていた生徒も黙り込み、優に注目した。
「…………よ」
「は……はっ?」
「イヤだ!やめてよ!」
いつもなら自分たちに罵声を浴びせられ、静かに泣く少年。
それなのに、今日はどうして言い返してきたのだろうか。
少年のあまりの変わりように、いじめっ子たちは暫く口を開けていた。
「人を殴ったりするのは犯罪だ!まだ子供だから許されてるだけなんだよ!」
「な、何だよ、あんま調子に乗んな!」
「それは僕の台詞だよ!何も言い返さないからって、やり返さないからって……ッ!」
涙が零れてしまいそうになるのを堪え、言葉を搾り出す。
「僕はお前らの遊び道具じゃないッ!」
言い切った優は、いじめっ子たちの間を通り抜け、廊下へ飛び出した。
「……お姉ちゃん……僕、やっと言えたよ……」
廊下に座り込み、少年は笑いながら泣いた。