あの日の君は、
□勇往邁進
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来神高校屋上 放課後
一人の少女を取り囲む多人数の少女たち。
「神崎さん。折原くんと付き合ってるって本当?」
「…えっと…」
どちらかと言えば付き合ってる類に入るのだろうが、苦笑してしまう。
「何でこんな女がいいんだろうね?」
「アンタのせいでこの子フラれたんだよ?」
少女たちの後ろでは女子生徒がずっと泣いている。
この前、臨也に告白しようとして玉砕した少女だった。
「アンタみたいな女、折原くんには合わねーっての」
──何だろ。この人たち……折原臨也教信者?
「おい、聞いてんのかよ」
「アンタみたいな奴はちょーっと痛めつけなきゃ分かんないんだよね。ねぇ、神崎さん?」
──怪我すると京平と静雄に心配かけるからやめて欲しいなぁ。
自分の心配は二の次で、全く反応がない美雪に、少女たちはキレる寸前だ。
「つーかさ、門田くんと平和島くんとかとも仲いいよね?」
「えー、なにそれ。ビッチ?サセ子?」
「それなのに折原くんと付き合ってるとか、マジありえなくね?」
「こんな女に媚び売られて、あの二人も可哀相だよねー」
「可愛いから相手にしてるだけじゃないの?」
「あの二人もバカだよねー、騙されてさぁ」
ブツンッ
明らかに何かがキレる音がし、少女たちを沈黙が包む。
音が聞こえたのは、美雪の方からだ。
キレたのは、どうやら彼女の堪忍袋らしい。
「聞き捨てならないなぁ……京平と静雄がバカっていうのは」
「…………え?」
美雪を見ると、顔が全く違っていた。
あまりの気迫に、少女たちは言葉が詰まる。
「……バカっていうほうがバカだって静雄も言ってたよ」
言い返さなければ、と思うが、喉を握られているような感覚に襲われ、声が出せず口がパクパクと開いたり閉じたりするだけだ。
「私のことを何と言おうが構わないけど、あの二人はバカじゃない。絶対に。二度と二人の悪口を言わないで」
「……ひっ……!」
すっかり怯え、それしか悲鳴を上げられなかった少女の一人。
尻餅をつき、美雪を見上げるとパチパチと拍手が鳴った。
「アハハハ!君は面白いね、美雪!」
「お…おり、はら…くん……?」
屋上の入口のドアに寄り掛かり、楽しそうに見ている臨也。
笑顔を崩さぬまま、美雪と少女の間に立つ。
転んだままの少女を見下ろし、言い放った。
「俺の彼女、怖いでしょ。だからもうやめた方がいいよ」
女子を魅了させる筈の笑顔は、今の少女たちにとっては恐怖にしかならなかった。
臨也は美雪の腰を抱き寄せ、見せ付ける。
彼女は慌てて離れようとしたが、意味のない抵抗だ。
ガッチリと固定させ、自分の方へ密着させた。
「このとおり俺と美雪はラブラブだし、君たちの入る隙はこれっぽっちもないよ。
あ、そこの泣いてる子?俺のこと好きだっていうの。
でも俺、嘘泣きする女の子は好きじゃないな」
嘘だと見破られた途端、顔を覆っていた手をぎゅっと握り締め、真っ赤になる少女。
「サイテー……!」
唇を噛み締め、臨也を涙目で睨む。
「怖い怖い」
「何で……何でその女なのよ!」
「何で?美雪だからに決まってるじゃない」
いやらしく腰を撫で回すと、美雪は顔を真っ赤にしながら臨也の胸を押し返す。
「もうっ、サイテーよ!」
好きな男子の本性を見た少女はずっとサイテーと繰り返す。
「じゃあ、嘘泣きで友達騙して美雪をいじめようとしたのって、サイテーとは違うの?」
臨也の意地が悪い台詞に、少女は本格的に泣き出し、屋上を飛び出して走り去った。
友人である少女たちも眉を潜めながら臨也と美雪を見つつ、屋上から出て行った。
臨也が美雪の腰から手を退ける。
彼女はすぐにバッと離れ、長い溜め息を吐いた。
「何て言うか……臨也の取り巻き怖い」
「見てると面白いよ」
クスクス笑う臨也に、美雪は再び溜め息を吐く。
「にしても、ドタチンとシズちゃんのことで怒るとはね」
「なんか、カッとなって」
「しょうがない子だなぁ、美雪は」
子供を相手にしているような言い方で、頭を撫でる。
「でも取り巻き以外にも気をつけた方がいいよ。……あ、美雪にはとっておきのナイトとキングがいるか」
この場でのナイトは門田京平、キングは平和島静雄なのだが、彼女は、チェス?と分かっていない様子だ。
「……おっと、電話だ。俺戻るね。美雪もドタチンとシズちゃんのところに行った方がいいよ」
マナーモードにしているのか呼び出し音は聞こえなかったが。
臨也は歩きながら携帯の通話ボタンを押した。
「折原です。……やっぱりあなたでしたか」
『先日はありがとうございました』
「仕事、ですから」
次の台詞に、階段を下りていた臨也の足はピタッと止まる。
『あなたのおかげで、やっと神崎美雪を捕まえられそうです』
♂♀
「静雄。前に、俺が早退したことあったろ?」
門田は、最近あったことを友人である静雄に話そうと決心した。
一通り話すと、金髪がフワッと揺れる。
門田の話に頷いたようだった。
『俺と一緒に、美雪を守ってくれ』
自分の友人、そして美雪が信頼している人間にそれを話すと結論が出ていた。
「要するに、この前みたいな黒スーツの連中が美雪を狙ってるんだろ?」
「……大分省略したな。合ってるけど」
この二人には、美雪を守るということしか頭になかった。
正確には、美雪だけ。
もう一人狙われる人物がいるということを忘れたまま、屋上に行った彼女を待った。
♂♀
トゥルルル、トゥルルル
臨也を見送った後、ポケットの中で携帯が震えた。
「はい。神崎です」
『こんにちは、美雪さん』
知らない女性の声だった。
若そうなイメージを持たせるソプラノ。
「……あなたは?」
『美雪さんのところに子供がいるでしょう?
あの子は私の子供なの』
優の母親からの電話に、美雪は硬直する。
『旦那が亡くなって、子供にも逃げられて……私は一人になったのに。
あなたは、あの子も奪う気なのね』
何を言っているのか分からないが、子供を虐待していた母親の台詞とは思えない。
この母親は、優を愛しているのだろうか。
それとも、単にストレス解消するために連れ戻したいだけなのか。