あの日の君は、

□喜色満面
1ページ/3ページ


「好きです!付き合ってください!」

歩いていた門田京平の足が止まる。

あのまま歩いていたら、告白の場に行ってしまっていただろう。

門田は踵を返し、早々とその場から立ち去ろうとした。

「……すみません、私……」

門田の良く知っている声──美雪だ。

足が動かなくなり、思わず聞き耳を立ててしまう。

そこで帰れば良かった、と後悔することになるとは思わないだろう。

「……分かりました」

彼女の答えを聞き、残念そうに背中を向ける。

門田のいる方へ歩き出すと、気まずい表情をした彼と鉢合わせした。

「……門田……」

皮肉にも、同じクラスの男子生徒だった。

二、三回話した程度だが、男子達がしていた噂で美雪に好意を寄せていることは知っていた。

他人の恋路を邪魔する訳もなく、門田はあまり気にしなかったのだが。

「……確か門田って、神崎さんと仲良かったよな」

低い声が、腹の傷に響いた。

「神崎さん……好きな人、いるのか?」

告白を断られた時に、真っ先に思い浮かぶのがこれだろう。

幼少の頃からの馴染みだが、まだ初恋もしていなさそうだと、独断で首を横に振った。

「そうか。サンキュな、門田」

てっきり盗み聞きしていたことを咎められるかと思っていたが、男子生徒はそれだけ聞くと笑った。

純粋な笑顔ではなく、何かを企んでいるような、意地の悪い笑顔。

「……神崎さんのこと狙ってもいいよな?門田」

「……それを止める権利は俺にはねぇよ」

門田の答えに歯を剥き出しにして笑う。

笑顔のまま何処かへ去っていった。



美雪も、眉を下げながら校舎の方へ行こうとした。

切ない表情を浮かべる門田を見つけ、駆け寄ってくる。

「京平、どうかした?……この傷、痛む?岸谷くんのところ行こうか?」

彼女の優しさに今のことを忘れそうになる。

心配そうに見てくる美雪の頭に手をポンと置く。

「大丈夫だって。普通にしとけば問題ねぇからよ」

「そっか、良かった。喧嘩とか絶対しないでよ?」

二人の仲睦まじい光景を見ると、何故付き合っていないのだろう、と周りの人間はそう思うに違いない。


学校中には門田と美雪は付き合っているという噂があれば、門田と静雄は美雪を取り合っているという噂もある。

女子の中には、折原臨也と付き合っているのが本当だと豪語する者もいる。

勿論確証はないため、裏でコソコソと話されているだけだ。

美雪は結構告白されているし、門田もなかなかモテる。

それなのに恋人を作らないのは、二人は付き合っているからだというのを一番信じている。

「教室行こうぜ」

「うん」

二人並んで歩く。

先程の男子生徒が後ろから見ているのに気付かずに。


男子生徒は確信した。

最初から自分に勝ち目はなかったのだと。

何故なら、彼女の好きな人とは他ならぬ門田のことだと思ったからだ。

二人はとっくに付き合っており、それでいて自分を傷つけまいとしていたのならば、逆に惨めだ。

視線で人を殺せそうな目をしていた。

握り締めた手に爪が食い込み、血が滲んだ。


本当に、門田はあの時戻っておけば良かったのだ。



   ♂♀

門田のクラス 昼休み

「門田」

「!……どうした?」

尋ねるが答えない。

パッといきなり顔を上げた男子生徒は──さっきと変わらぬ笑顔だった。

背中を嫌なものが這う感じがした。

「ちょっと話があるんだけど、いいか?」

「……短めに頼むぜ」

いつも美雪や静雄と昼食を取る門田。

自分のせいで遅れてしまったら、食べる時間が無くなってしまう。

すぐに終わるよ、と男子生徒は教室を出る。

男子生徒についていくと──彼が美雪に告白をした場所に着いた。


「……門田。お前、神崎さんと付き合ってたんだな」

「はっ………?」

そんなことを言われるとは思っておらず、門田は怪訝そうに眉間にシワを寄せる。

「俺は本当に彼女が好きだったのに……それを……!」


「おい、ちょっと待て。話がいまいち……」

睨んでくる男子を宥めようとするが、怒りが達しているのか話を聞く様子はない。

「……門田。お前、怪我してんだってな」

あの時聞いていた、『腹にある傷』を見ながら舌なめずりをした。

「…………!」

間違いなく、この傷を開かそうと攻撃を仕掛けてくる。


回し蹴りを打ち込まれ、門田は咄嗟に傷を守る。

キックは手ごと巻き込み、門田の腹に直撃する。

「てめぇ……ッ」

「……ちょっと開いたか?」

挑発するように笑う男子に、門田と言えど、ぶん殴りたい衝動に駆られた。




静雄と話しながら門田の元へ行こうとしていた美雪に、女子生徒が走り寄ってきた。

大変慌てた様子で、静雄達は顔を見合わせた。

「美雪ちゃん!大変なの!門田くんが……!」

「……京平が!?」





門田が男子を殴り飛ばした時には、もう周りは野次馬でいっぱいだった。

その中には美雪と静雄もいて、罰が悪そうに顔を背けた。

──……美雪に喧嘩するなって言われたばっかりだったのに……

──しかも殴ったとこ、見られちまった……よな。

──……呆れられても仕方ねぇ……


美雪は怪我をしている門田に近付き、シャツを鷲掴んだ。

「京平!」

──怒られんのかな。

──まあ、嫌われるよりはマシか……。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ