あの日の君は、

□愛別離苦
1ページ/3ページ


少女は、自分が泣いている夢を再び見た。

部屋の真ん中にぽつんと座り、ただじっとしているだけの自分。

しかし、今度は15歳くらいの少女が膝を抱えている。




父はおらず、夜中までずっと働いていたため顔を合わせることが皆無だった母。


当時の幼い少女は、とてつもない孤独感をこの頃から覚えていた。

しかし、昔も今も一緒にいてくれる幼なじみの門田京平。

高校に入ってすぐ友人となり、ずっと仲の良い平和島静雄。

自分を姉と慕ってくれる弟の優。

高校に入って初めて出来た、女友達である首なしライダーのセルティ・ストゥルルソン。

あまり話したことはないが、倒れた時に治療してくれた岸谷新羅。

そして──何かとちょっかいを出してくるが、何故か優しくしてくれる折原臨也。


確かに今、強烈な孤独感に襲われることはゼロに等しかった。

幼い少女は、門田といれば孤独は感じなかった。

しかし、家に帰ればそこは誰もいない、言うならば周りから切り離された場所。

時折通る車やバイクの音は、少女の恐怖を煽る。


数年経ち、来神高校に合格したと分かった翌日のことだった。

アパートに電気が点いており、母が帰っていると、少女はとても喜びながら部屋に飛び込む。


『お母さん!私ね、来神高校に合格した……ん、』

少女は、その時は母はまだ帰っていなかったのだと思った。


だが、次の日も、次の日も次の日も次の日も、母が帰ってくる様子は一向に無かった。


置き手紙もなく、自分を置いて。


寂しかった。


少女は一人ぼっちになってしまったのだ。



そこで目を覚ました。

悪夢を見ていた気がする。

「……」

少女はすぐ目の前にある端正な顔を気付き、じっと見つめてみた。

折原臨也は酷く綺麗な顔をしている。


「おはよう」

真上から声がし、見上げると臨也がこちらを見ながら笑っていた。

「ああ、大丈夫。君の寝顔はチラッとしか見てないから」

「……結局見てるじゃない」

美雪はベッドから降りようとするが、臨也の腕にガッチリと固定されていて身動きが取れない。


「……あの、臨也?私、そろそろ起きなきゃ……」

「ああ、そうだね。でも、すぐに電話が掛かってくると思うよ」


トゥルルル トゥルルル

臨也の言った通り、携帯が鳴った。

美雪は不思議に思いながら、電話に出る。


『神崎美雪さん……ですか?』


知らない男からの声。

以前にも似たようなことがあったのを思い出し、美雪の身体が慄く。

『私、来良病院に勤めております笹沼と申します』

つまり、医者だ。

入院している知り合いはいないが、一体何の用だろうか、と一瞬考える。

『貴方に逢わせたい方がいます。……後で、病院に来て頂けますか?』

ただならぬ雰囲気が電話越しからも伝わり、美雪は分かりました、と返す。

なるべく早めにお願いします、と意味深な言葉を最後に、笹沼からの電話は切れた。

「医者だったろう?」

「うん……」

美雪は頭を捻る。

臨也は、今も笑ったままだ。



とりあえず優を起こし、学校に行くための準備をする。


元気に手を振った弟の背を見送り、美雪は今だにいる臨也を見た。

コーヒーより紅茶がいいと言われたので、アールグレイにしてみたが、ご満悦のようだ。


「俺は勝手に出ていくから。だから安心して病院に行っていいよ」

そう言うものだから、美雪は学校へ欠席すると連絡をした後、臨也に家の鍵を渡した。


「じゃあ、悪いけど……お願いします」

パタンと閉じられたドアを見て、アールグレイを飲む。

臨也は家の鍵を上に放り投げてはキャッチし、おもちゃにして遊び──あの笑顔を浮かべるのだった。




    ♂♀

「貴方が美雪さんですね」

病院に着くと、老齢の医者が歩み寄って唐突にそう言われた。

どうやら彼が笹沼らしい。

「ご案内します。……どうぞ」

笹沼の後を着いていく。

まだ看護士もおらず、静かな病院はかなり不気味だ。

「こちらです」

病室のドアを開け、中へ入るように促される。

美雪は頭を下げ、病室に入った。


まず薬品の匂いがした。

次は、小さい電子音が聞こえた。

ベッドの方へ近寄ると痩せ細った女性が横たわっていた。

口に呼吸器を当て、腕には管が数本通っている。


「お友達ももうすぐ来るそうです」

後ろから告げられ、二人の青年の顔が浮かぶ。

この女性は誰なのだろう。

何故自分に逢わせたいという人が、彼女なのだろう。

どうして門田と静雄も来るのだろう。

分かってる。


この人は──

「おかあ、さん?」

動かない母を、少女はただ見つめていた。




「……美雪」

あれから何分か経ったのだろう、門田と静雄が病室へ入って来た。

少女が相当ショックを受けていることが良く分かり、二人は何も言わなかった。


徐々に小さくなる電子音。

医者である笹沼の沈黙が、もう女性の命はないと言っているようだ。



ピ─────────。

それから間もなくして、無機質な音が耳を刺激した。

「……7月17日、9時3分。ご臨終です」

現実を叩きつけられ、何を考えたらいいか分からない。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ