あの日の君は、
□愛別離苦
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少女は、自分が泣いている夢を再び見た。
部屋の真ん中にぽつんと座り、ただじっとしているだけの自分。
しかし、今度は15歳くらいの少女が膝を抱えている。
父はおらず、夜中までずっと働いていたため顔を合わせることが皆無だった母。
当時の幼い少女は、とてつもない孤独感をこの頃から覚えていた。
しかし、昔も今も一緒にいてくれる幼なじみの門田京平。
高校に入ってすぐ友人となり、ずっと仲の良い平和島静雄。
自分を姉と慕ってくれる弟の優。
高校に入って初めて出来た、女友達である首なしライダーのセルティ・ストゥルルソン。
あまり話したことはないが、倒れた時に治療してくれた岸谷新羅。
そして──何かとちょっかいを出してくるが、何故か優しくしてくれる折原臨也。
確かに今、強烈な孤独感に襲われることはゼロに等しかった。
幼い少女は、門田といれば孤独は感じなかった。
しかし、家に帰ればそこは誰もいない、言うならば周りから切り離された場所。
時折通る車やバイクの音は、少女の恐怖を煽る。
数年経ち、来神高校に合格したと分かった翌日のことだった。
アパートに電気が点いており、母が帰っていると、少女はとても喜びながら部屋に飛び込む。
『お母さん!私ね、来神高校に合格した……ん、』
少女は、その時は母はまだ帰っていなかったのだと思った。
だが、次の日も、次の日も次の日も次の日も、母が帰ってくる様子は一向に無かった。
置き手紙もなく、自分を置いて。
寂しかった。
少女は一人ぼっちになってしまったのだ。
そこで目を覚ました。
悪夢を見ていた気がする。
「……」
少女はすぐ目の前にある端正な顔を気付き、じっと見つめてみた。
折原臨也は酷く綺麗な顔をしている。
「おはよう」
真上から声がし、見上げると臨也がこちらを見ながら笑っていた。
「ああ、大丈夫。君の寝顔はチラッとしか見てないから」
「……結局見てるじゃない」
美雪はベッドから降りようとするが、臨也の腕にガッチリと固定されていて身動きが取れない。
「……あの、臨也?私、そろそろ起きなきゃ……」
「ああ、そうだね。でも、すぐに電話が掛かってくると思うよ」
トゥルルル トゥルルル
臨也の言った通り、携帯が鳴った。
美雪は不思議に思いながら、電話に出る。
『神崎美雪さん……ですか?』
知らない男からの声。
以前にも似たようなことがあったのを思い出し、美雪の身体が慄く。
『私、来良病院に勤めております笹沼と申します』
つまり、医者だ。
入院している知り合いはいないが、一体何の用だろうか、と一瞬考える。
『貴方に逢わせたい方がいます。……後で、病院に来て頂けますか?』
ただならぬ雰囲気が電話越しからも伝わり、美雪は分かりました、と返す。
なるべく早めにお願いします、と意味深な言葉を最後に、笹沼からの電話は切れた。
「医者だったろう?」
「うん……」
美雪は頭を捻る。
臨也は、今も笑ったままだ。
とりあえず優を起こし、学校に行くための準備をする。
元気に手を振った弟の背を見送り、美雪は今だにいる臨也を見た。
コーヒーより紅茶がいいと言われたので、アールグレイにしてみたが、ご満悦のようだ。
「俺は勝手に出ていくから。だから安心して病院に行っていいよ」
そう言うものだから、美雪は学校へ欠席すると連絡をした後、臨也に家の鍵を渡した。
「じゃあ、悪いけど……お願いします」
パタンと閉じられたドアを見て、アールグレイを飲む。
臨也は家の鍵を上に放り投げてはキャッチし、おもちゃにして遊び──あの笑顔を浮かべるのだった。
♂♀
「貴方が美雪さんですね」
病院に着くと、老齢の医者が歩み寄って唐突にそう言われた。
どうやら彼が笹沼らしい。
「ご案内します。……どうぞ」
笹沼の後を着いていく。
まだ看護士もおらず、静かな病院はかなり不気味だ。
「こちらです」
病室のドアを開け、中へ入るように促される。
美雪は頭を下げ、病室に入った。
まず薬品の匂いがした。
次は、小さい電子音が聞こえた。
ベッドの方へ近寄ると痩せ細った女性が横たわっていた。
口に呼吸器を当て、腕には管が数本通っている。
「お友達ももうすぐ来るそうです」
後ろから告げられ、二人の青年の顔が浮かぶ。
この女性は誰なのだろう。
何故自分に逢わせたいという人が、彼女なのだろう。
どうして門田と静雄も来るのだろう。
分かってる。
この人は──
「おかあ、さん?」
動かない母を、少女はただ見つめていた。
「……美雪」
あれから何分か経ったのだろう、門田と静雄が病室へ入って来た。
少女が相当ショックを受けていることが良く分かり、二人は何も言わなかった。
徐々に小さくなる電子音。
医者である笹沼の沈黙が、もう女性の命はないと言っているようだ。
ピ─────────。
それから間もなくして、無機質な音が耳を刺激した。
「……7月17日、9時3分。ご臨終です」
現実を叩きつけられ、何を考えたらいいか分からない。