あの日の君は、
□曖昧模糊
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♂♀
少女は臨也のマンションを訪れていた。
「来ると思ってたよ」
笑いながら出迎え、来客に紅茶を出す。
美雪は、熱そうなカップを手に取り一口飲む。
「今日君を呼んだのはちょっと話があってさ」
話なら学校ですればいいのだが、こうして自宅に呼び出したということはよっぽど人に聞かれたくない話なのだろうか。
「しばらくロシアの方に行かないかって話なんだけど」
「留学か何か?」
臨也は、違う違う、と手をひらひら振る。
「君のお母さん、死んじゃっただろう?」
あっさりと言われ、美雪は俯く。
「それで、とある人が俺に美雪を連れて来てほしいってお願いしてきてね。とある人っていうのは……まあ、会えば分かるよ。ロシアに行く手続きは俺がしてあげるけど、どうかな?」
急な話に軽く混乱し、頭がついていけなくなる。
「優くんは俺が預かってあげるし、これで心配事はなくなっただろう?後、一つ注意点。行くとなったら高校はやめなきゃいけなくなる」
人差し指を突き立てて見せると、少女の瞳が大きく揺れた。
「!?な……何で……っ」
「色々あるけど、本人から直接聞きなよ」
美雪は下唇を噛みながら臨也を見つめる。
「行く?行かない?」
結局、少女が出した答えは──
♂♀
「……臨也、優のこと……お願いね」
「大丈夫。俺に任せなよ」
空港で臨也と少女が話をしている。
少女はキャリーバッグを持っている。
「ドタチン達には何も言って来なかったんだねぇ」
「……うん。みんなに会ったら多分泣いちゃうから」
「俺には会っても泣かないわけ?」
たわいもない話。
だが、臨也は自分の中にある感情がもやもやとして、少し気分が悪かった。
フライトまでには少し余裕がある。
「美雪」
「なに?」
「……池袋には戻って来なよ。この街はずっと変化し続けるからね」
美雪は頷き、乗るべき飛行機へ続く道を歩き出した。
「……あーあ、行っちゃった。美雪って結構面白い子だったのになぁ。……ま、いいか。俺のものだってことには変わりないし」
♂♀
何時間も掛け、痛くなった足でようやくロシアに降り立った。
飛行場の入り口で待っていたスーツの男がこちらに近付き、達者な日本語で話し掛けてきた。
「貴方が美雪様でございますね」
「は、はい」
案内され、3ナンバーに乗せられる。
綿のようなシートは柔らかすぎて、少し座り心地が悪い。
ようやく足の痛みが取れてきた頃、車が止まり、ドアを開けられる。
「どうぞ」
何と言うか、お嬢様にでもなった気分に陥る。
目の前の大きな会社に入り、エレベーターに乗る。
あっという間に最上階に着き、部屋へ案内された。
「……美雪か」
広々とした部屋はロシアの町並みを一望できる。
大きな窓の傍にあった磨き上げられた高級机。
皮張りの椅子に寄り掛かった老人が、こちらをじっと見ていた。