あの日の君は、
□一意専心
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♂♀
池袋を大分走り、息が上がってきた。
一旦立ち止まり、辺りを見回してみる。
「あ……」
姉に良く似た後ろ姿を見つけて、走って呼び止めた。
振り向いた女性は、確かに自分の姉だ。
「姉さん……!」
そう呼ぶと、驚いたように目を見開き、口を開いた。
「……優、なの?」
変わってない声。
いつも見上げていた姉の顔が、自分より下にあって、優は照れ臭そうに笑った。
「優、凄く成長したんだね……何か、恥ずかしいや」
綺麗に笑う彼女に、優は安堵する。
「姉さんはあまり変わってないよ。……俺が子供の時よりキレイになったのを除けば」
「お世辞なんかいいのに……」
久しぶりである姉弟の会話が弾む。
「……姉さん。これ」
開いた掌の上には、鍵がぽつんと置かれている。
懐かしい鍵の形状に、美雪は声を上げた。
「あっ!この鍵……」
「うん。姉さんと俺が一緒に住んでた部屋の鍵だよ」
鍵を受け取り、両手で嬉しそうに握り締める。
「姉さん……あのさ」
「……分かってる。今日は、カレーにする?」
そう言う美雪に、ぱあっと笑顔になる。
「うん!」
子供のような返事をし、姉の隣に並んだ。
スーパーで買い物を済ませると、重いバッグを優が持ってくれた。
やはり成長してるんだな、と感じさせる。
「姉さん。俺、来良学園に行くことにしたんだ」
「そっか、なら私達と同じ学校だね!」
他愛もない話。
些細な話題でも、こうして家族と話せる。
これが、幸せだというものだろう。
「……姉さん。これからずっと一緒に居ようね」
これが弟としての願いなのか、それとも独占欲の表れなのか。
果たして彼は、幼い頃より芽生えている小さな恋心に気付いているのだろうか。
少女が戻って来た池袋は、ほんの少し、嬉しそうに見えた。
♂♀
ネオンと化した町並みを、廃ビルの屋上から眺めている青年──折原臨也。
「さあて……美雪は俺の手の中に戻って来た。えーっと、ドタチン、シズちゃん、優くん。今のところ美雪に近い人物はこれだけ、と。……まだまだ増える可能性はあるな。
ま、俺以上に彼女のことを知ってる人物なんていないけどねぇ」
臨也は口角を上げる。
明るい池袋を見ながら、言った。
「……おかえり」
♂♀
「ごちそうさまでした」
カレーを食べ終わり、一緒に皿洗いをする。
「姉さん。明日から会社でしょ?俺に任せて休んでいいよ」
一回断ったが、頑なに聞かない弟に折れ、風呂に入った。
更に布団まで敷いてくれて、直ぐに休むことができた。
♂♀
とあるカラオケルームにて
折原臨也と一人の女性が、歌も歌わず話している。
「それで、君は何で死にたいの?」
「……人生に疲れたからって言うのもあります。一番ショックだったのは、彼氏が私のお金を奪ったことで……」
延々と女の愚痴が続く。
臨也はコップの烏龍茶をストローで飲み、思った。
ハズレだ、と。
「じゃあ、どんな風に死にたい?」
「……なるべくキレイに死にたいです」
氷だけが残ったコップを置き、吐き捨てるように言った。
「……ダメだ。やっぱりダメなんだよなー、君」
「…………え?」
ストローで氷を掻き回し、ガシャガシャと音を立てる。
周りの歌の中、その音だけが女の耳を刺激した。
「死にたい理由がありきたりでつまんないし。死に方はキレイに、とか、死を美化し過ぎなんだ」
女が、臨也の名前を呟く。
それすらも遮り、氷を弄るのを止める。
「死ぬことにキレイも何もないよ。死んだ時点で、君はただの死体に過ぎない」
女が、この『奈倉』という男に騙されたというのに気付くのは、次の瞬間だった。
「あ……貴方、死ぬ気あるんですか!?」
机を思いきり叩き、睨む。
当たり前の物言いに、ただ笑った。
「俺、自分から死ぬ気なんて鼻っからないよ?」
「……だったら、今私が……っ!?」
コップを振り上げた女の身体から力が抜け、膝をついた。
「な……なに……?」
「君の飲み物に、ちょーっと危ない薬を入れてみたんだけど。どう?」
女の意識は朦朧とし、声も聞こえなくなる。
ぴくりとも動かなくなった身体を、持ち上げる。
「……ほぅら、ただの死体の完成だ」
♂♀