あの日の君は、

□愛及屋鳥
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   ♂♀



青年は人間を愛しています。



大好きで大好きで、人間を見ては笑います。

楽しそうに、楽しそうに……。



愛してやまない人間に、彼は何故か愛されません。



彼は、顔には出さないものの、とても悲しくなりました。



同情する人間もいないので、ひとりぼっちです。



だから彼は、一番大好きな人を奪うことにしました。


いつも笑顔の、かわいいかわいい女の子を、自分のものにしようと決めました。


そうしたら、自分はもうひとりぼっちじゃないと思ったからです。



彼が大好きな人の周りには、たくさんの人間が居ました。



彼はそれがとても不愉快で仕方ありません。



彼はその女の子が大好きでした。



これは、とある青年の歪んだ恋の物語です……。




   ♂♀

「美雪さんっ」

仕事を終えた美雪に話し掛けたのは、紀田正臣だった。

「えっと、……紀田君?」

「当たりです!いやぁ、会って間もないのに俺の名前を覚えててくれていたなんて感激だなぁ!」

オーバーなリアクションをする正臣に苦笑するのは、竜ヶ峰帝人だ。

眼鏡を掛けた見慣れない少女と目が合った。

恥ずかしそうに視線を逸らし、頬を染める。

「私、神崎美雪って言うの。よろしくね」

「そ……園原杏里です……あの……よ、よろしくお願いします……」

ペコリと礼儀良くお辞儀をする杏里につられて、美雪も深々と礼をする。

「両手に花とはこのことだな、帝人!」

正臣は目を輝かせながら、親指を立てる。

「否定は、しないけど……」

照れたように頬を掻く帝人に、正臣の口元が上がる。

「美雪さん、今日はお茶に付き合ってくれますよね?」

ずいっと顔を近付け、美雪の両手を取る。

苦笑しながら頷き、近くの喫茶店に行くことになった。



   ♂♀

それぞれ飲み物を注文すると、正臣の質問が始まった。

「杏里に美雪さん!ズバリ、彼氏は!?」

唐突に始まったので、杏里は慌てふためく。

「ちょ、紀田くん!美雪さんと園原さん困ってるじゃない!」

「なんだよ帝人ー。お前だって気になる癖に」


仲が良い二人のじゃれあいを微笑ましく思いながら、美雪はいないと答えた。

杏里も俯きながら首を横に振る。

それを見聞きした正臣は、途端にガッツポーズをした。

「つまり、俺にもまだチャンスはあるってことだ!ああでも杏里に美雪さん……どちらも美少女で選べない……!」

心底悔しそうな正臣に、帝人は溜め息をつく。

「美雪さんって、門田さんか平和島静雄さんのどちらかと付き合ってると思いました」

帝人の頭の中に、彼女ととても仲が良さそうな二人の青年が浮き出される。

てっきり、付き合っているものだと思っていた。

「私に京平と静雄は勿体ないよー」

紅茶を飲む美雪を、帝人は不思議そうな目で見つめた。

「じゃあ……折原臨也さん、とか……」

それを聞いて、正臣から笑顔が消えた。

「……美雪さん。その人だけは、やめといた方がいいですよ」

眉間にシワを寄せて、心底憎ましく思っているのか、低く言った。

「……じゃあ次の質問!彼氏にするなら、この俺なんてどう?」

無理矢理話を終わらせたような感じではあったが、再び笑顔で聞く正臣を見て、そんなことは吹き飛んでしまった。



   ♂♀

三人と別れ、歩いていると遠くの方でがなる声が聞こえた。

黄色い布をつけた『黄巾賊』、色を統一したものは身に着けていない『ダラーズ』、両集団が対立している。

抗争を見るのはこれで二回目だ。

「美雪ちゃんっ!」

後ろからガバッと抱き着かれ、首だけを動かして見ると、そこには狩沢絵理華がいた。

美雪の首辺りに顔を埋めると、小さく漏らす。

「んー……いい匂い、美雪ちゃん……」

「ふふっ……く、くすぐったいよ……」

深く息を吸い込んだ狩沢は身体を離す。

「美雪ちゃん、今度の日曜日は一緒にコスプレしようね!」

美雪は数回頷く。

それを見た狩沢の目がこれでもかと言う程輝いた。

そのキラキラした目が、抗争の方を向いた。

「あー……またやってるね」

溜め息を漏らしながら苦笑いする。

「近付いたら巻き込まれるからね。行こ、美雪ちゃん」


狩沢に手を引かれる。

怒鳴る声は徐々に小さくなっていった。
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