あの日の君は、

□一意攻苦
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♂♀

ーー好きなんだろう?

あの日見た臨也の目は、そう言っていた。

学校に行って授業を受けている時も、この台詞が頭から離れない。

シャーペンの芯を何度も折って、何度も舌打ちしてしまって、クラスメイトに疑惑の目で見られてしまった。

いつもは大人しくて静かだったから、尚更だろう。

放課後になり、カバンを持ってさっさと教室を後にしようとした。

どうやら、中には彼を心配してくれた者もいるようで。

「よう! イライラしてんのか? だったら、俺とナンパしに行かねー?」

紀田 正臣だ。
彼は分け隔てなく接するため、言葉を交わしたことは何度かあった。

「別にイライラはしてねぇよ。ナンパでも誘ってくれるのはありがたいけど、紀田は竜ヶ峰達と帰るんだろ?」

「いやー、クラス委員だから一緒に帰れないって言われてよー。待ってようかとも思ったんだけど、二人にしてやろうって俺の配慮さ!」

「……お前って面白いよな」

親指を立てながら言う正臣にそう言った。
クラスメイトに人気があるのも頷ける。

「……で、一緒に帰らね?」

たまには、楽しく喋りながら帰るのもいいかもしれない。

「いいよ。俺、暇だし」

「おっ、話が分かるねぇ神崎! じゃあ、ちょっと待っててくれなー!」

こちらに叫びながら、自分の机に走っていった。

カバンを掴み、素早く戻ってきた。

「よーし、じゃあ行こうぜ! ナンパを制する者は世界を制するんだ!」

「何だそれ。そんなんで制されてたまるか」

珍しい組み合わせだが、意外と話が合うようだ。

下駄箱で靴を履き替えようと、上履きを脱いだ時だ。

「あ、あの、神崎くん……今、大丈夫……?」

「……? 少しなら……」

可愛らしい顔立ちの見知らぬ少女が、こちらを見つめて立っていた。

「……神崎。俺、外で待ってっから」

「? 分かった」

その場に残されたのは、顔が赤い少女と、状況が良く分かっていない優だけだ。

少女は落ち着かない様子だったが、直ぐに本題を切り出した。

「あのっ……私、神崎くんが好きなの! もし良かったら、私と……付き合ってください!」

頭を下げる少女に言われたのは、告白の言葉だった。

「…………ごめん……。俺、誰とも付き合うつもりはないんだ」

「! ……そ、そっか。ごめんなさい。神崎くん……好きな子、いるの?」

「……………いる……けど、もう諦めるんだ。ごめん」

少女は今にも泣きそうだったが、笑顔で手を振ってくれた。

どうすればそんな風に振る舞えるのか、疑問だった。

優も優で、失恋したばかりだからだ。

昇降口を出ると、運動部の女子にエールを送っているらしい正臣の声が聞こえてきた。

優に気付くと、耳打ちしてきた。

「……で、どうしたんだ?」

「……何が?」

正臣は身体を離し、手を自分の腰にやって優を指差した。

「何だよ、鈍い奴だなー。告白だよ、告白。そういや、帝人達と同じクラスの女子だったな」

「……断ったよ。つーか、俺のこと良く知らないのに何で好きになったんだ……?」

「お前さー神崎……恋愛したことないだろー……」

呆れたように溜め息を吐き、大袈裟に肩を竦める。

「恋くらいあるよ。馬鹿にすんな」

「ごめんごめん! 馬鹿にしてねぇから! で、お前の好きな子、誰だ? 同じクラスか?」


まさか、『自分の姉です』と言える訳がない。

義理であれど、姉を好きになった男として正臣に距離を置かれてしまいそうだ。

「……いない、と思う」

「何だそりゃ? んー。まあいいか。しつこく聞かれんのも嫌だろ?」

「悪ぃな」

謝れば正臣に、気にすんな! と肩を強く叩かれた。
肩は痛むが、正臣のそんな性格に感謝した。

「じゃあじゃあ、早速ナンパに行こうぜー! お前がいたら百人力だ!」

「何で百人力だよ。大体、ほとんど一人でナンパしてるじゃん」

「ありゃ、バレてた?」

笑い合う二人を、一つの人影が見つめていた。
その人影は、口角を上げて小さく笑った。


♂♀

正臣は、他校の女子生徒をナンパしている最中だ。
優は、それを眺めているだけ。

ナンパの経験などあるはずもなく、口達者な正臣に任せっきりになってしまっている。

他校の女子に断られてしまったらしく、正臣が重い足取りで戻ってきた。

しかし、道路の向こう側を見て、声を張り上げた。

「おーい! 美雪さーん! こんちはーッス!」

心臓が跳ね上がった。

正臣は自分の後ろに向かって叫んでいる。

振り返ると、買い物袋を持った姉が笑顔で手を振っていた。

道路を横断し、美雪がやって来る。

彼女が近付いてくる度、心臓がどんどんうるさくなっていく。破裂してしまいそうだ。

「こんにちは、正臣くん。優も一緒だったんだね」

「そうなんすよー、こいつ今日元気なくって」

「そうだったの……優。今日具合悪かった?」

話し掛けられて、ますます身体が熱くなってくる。

「……あぁ……まぁ、……」

素っ気ない返事をしてしまい、二人から目を反らした。

「美雪さん、今日も凄くキレイッスね!」

「お世辞言っても、何にも出ないよ」

「そんなのいらないですよ、本音ですから!」

二人のやりとりに、腹が立ってくる。

先程まで正臣と楽しく話していたというのに、今は姉を誉めちぎる彼が憎いと同時に羨ましい。

ーー俺、最悪じゃん……。

自嘲し、二人に目をやると正臣から笑顔が消えた。

「……どうした、紀田?」

心配で声を掛けると、声が返ってきた。正臣のものではない。

後ろから聞こえてきた。

「やあ、美雪。それに、紀田くんと優くんが一緒だなんて珍しいねぇ?」

優が、今最も会いたくなかった人物だ。

「臨也! どうしたの?」

「いやね、君に会いたくなってさ。でも、仕事入ってこんな時間になっちゃったんだよ。まあ、すぐ君に会えたからいいんだけどね」

「……う……」

聞いている方が恥ずかしくなるような台詞を息のように吐き、臨也は笑った。

会話を聞いていた正臣が、優にこそりと問う。

「なぁ、神崎……美雪さん、臨也さんとどういう関係なんだ?」

「……付き合ってるんだよ」

低い声で囁くと、正臣の大きな瞳が更に見開かれた。

「紀田……今言ったの、信じるか?」

「……信じるも何も、この人は人間を騙しまくるからな。でもさ……俺が見たことある、嫌味ったらしい笑顔じゃないんだよ。……本当に人間らしいっていうか……」

「…………人間……」

美雪と話す臨也は、笑っている。
顔を綻ばせ、破顔しながら彼女の頭に手を伸ばし、撫でていた。

「美雪の家に行きたいのは山々なんだけど、優くんは俺が嫌いみたいだからさ」

ーー! この野郎……わざわざ姉さんに言うことないだろ……。

やはり折原 臨也は嫌味ったらしい。

「優、臨也のこと嫌いだったの……?」

自分の恋人を自分の唯一の家族が嫌っているとは、勿論いい気分ではない。

「別に……臨也さんでも誰でも、家に上げれば? 俺には関係ないし」

何故こう意地を張って、冷たい口振りになってしまうのだろうか。

「……だ、そうだから、家に行ってもいいかな?」

その言葉を待ってましたと言わんばかりに、間髪入れず臨也が申し出た。

迂闊だったか、臨也は、自分がそう言うのを知って嫌味を言ったらしい。

「おい、神崎……! お前、そんな軽々しく……!」

「……自分でも馬鹿やったって思ってるよ……」

唸るように後悔すると、正臣が小さな紙切れを差し出した。

「……居づらくなったら、俺んち来てもいいからな。これ、俺のケー番とメアド」

「……ありがとな」

正臣の優しさに感謝し、紙切れをポケットにしまった。

「じゃあ、行こうか。優くんはまだ紀田くんと遊んでる?」

「……大丈夫か? 俺は平気だけど……それとも、俺んち行って暇潰すか?」

「いや、大丈夫だ。ごめん。ありがとう、紀田」

正臣は心配そうな表情をしていたが、すぐに笑って親指を立てる。

『頑張れよ』の意味だろう。
優は頷き返すと、姉の方へ向き直った。

「それじゃ、姉さん。行こうか。じゃあまたな、紀田」

「じゃーなー」

新しく出来た友人に手を振る。

臨也は口角を吊り上げながら、自分の方を見ていた。

彼の、目が怖い。

蛇に睨まれた蛙になった気分だ。

「ほら美雪、荷物貸して。俺が持つから」

臨也は彼女が持っていた買い物袋を、自分の手に持たせた。

美雪の片方の手が空く。

ーー………まさか……。

臨也が美雪と指を絡ませ、握らせる。

やはり、彼女と手を繋ごうと荷物を持ったのだろう。
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