あの日の君は、
□虚心坦懐
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「──静雄くん、友達?」
「あ、美雪…」
「あ、こんにちは。岸谷新羅です」
「こ、こんにちは。神崎美雪です」
「へぇ。セルティの次くらいかな」
──何がだ……。
「…おい、何やってんだ。美雪」
パンとジュースを片手に持った門田が、美雪を迎えに来た。
「あ、ごめんね京平」
弁当を持って門田に駆け寄る。
「静雄くん、行こう?良かったら岸谷くんも」
「……あ、ちょ……」
待て、と言いたかったが、売店で買わなければ昼食は抜きだ。
昨日のようなことになりかねない。
「…早くパン買いに行きなよ。先に行ってるから」
新羅が言い終わらない内に、静雄は凄まじいスピードで売店に向かった。
屋上
「岸谷くんって、小学校で静雄くんと一緒だったんだ」
「うん、そうだよ。あの頃から彼は凄くてね……」
会話の弾む二人に、話に入る隙を見つけられない男子が二人。
「…おい。何だコイツ」
門田は新羅を顎で指し、静雄に問うた。
「…変態だな。限定の」
「限定?」
なんだそりゃ、と門田は思ったが、『変態』という単語で新羅を見る目つきが変わる。
それまではただ睨んでいるだけだったのだが、『危険』というのもプラスされて。
くる、と、新羅が急に門田たちの方を向いた。
「……」
(ん…俺の顔に何かついてんのか…?…つーか、美雪と話しすぎじゃねぇ…?)
(何だよ。そのニヤついた笑いは…ぶん殴りたいけど、美雪の前だしな…我慢だ…)
「……これからは波瀾万丈な高校生活みたいだよ」
「え、何が?」
新羅の唐突な台詞に首を傾げる。
こっちの話、と新羅は笑った。
「…二人とも、僕に殺気を飛ばすのやめてくれないかな」
目を合わせないようにしながら新羅はジュースを飲む。
「?」
そんな中、少女は疑問符を浮かべながらタコさんウィンナーを食べるのだった。
♂♀
ごちそうさま、と美雪は弁当を片付ける。
「……ん?」
視線を感じた。
本来ならば、そんなことにはあまり気付かないはずなのに。
ただ、"見られている"ということだけ分かった。
きょろきょろと辺りを見回しても、誰もいない。
「どうかしたか?」
門田が美雪に問う。
誰もいないことを理解した少女は、何でもない、と手を横に振った。
「…何かあったら言えよ?」
「うん。ありがと」
少女が門田たちと話し始めると、案の定視線を感じた。
♂♀
午後の授業は何故か眠くなる。
最早、数学の計算式も眠気を誘う材料に変わってしまう。
眠気に従って机に突っ伏している生徒もいれば、真面目に受けている生徒、時々眠気に負けそうな生徒もいる。
静雄はというと、頬杖をついて黒板をじっと見ている。
「──この問題を…神崎、解いてみなさい」
──……うわ、起きてると思って目をつけられた。
「……y=3です」
「…うん、正解だ」
──こういう新しくて若い先生は真面目だな。
一生懸命説明してる。
美雪は欠伸を噛み締め、黒板の文字を眺めた。
♂♀
HRも終わり、美雪は背伸びをして鞄を掴んだ。
「──神崎、ちょっといいか?」
先生がちょいちょいと手招きしている。
「? はい」
──何だろ。
…雑用とかだったら、帰ろうかな。
「……美雪」
「あ、ごめんね静雄くん。先帰っていいからさ」
「……いや、待ってる」
「そう…?」
──待ってくれるのか、静雄くん。
こりゃ遅れるわけにはいかないな…。
「神崎。最近ストーカー被害に遭ってるとかないか?」
ここで、昼間の視線の存在を思い出したが、ストーカーとは言いづらかった。
「ストーカーですか?…ないですけど」
「そうか…ストーカーに遭ったら迷わず逃げろよ」
ぽん、と美雪の肩に手を置く。
──おぉ…いきなりのボディタッチか。
「ありがとうございます」
苦笑しながら、逃げるようにその場を後にした。
──早く京平と静雄くんのところに行こう。
無意識に早歩きになってしまう。
「やあ。君が神崎美雪さん?」
足がピタッと止まる。
壁にもたれ掛かった青年が、目を細めながらこちらに近付いてきた。
学ランを着た黒髪の生徒。
『美男子』という言葉がよく似合う。
「私の名前を…どうして?」
「あぁ、俺は情報屋だからね」
段々と青年が近付いてくる。
「俺は折原臨也。よろしくね」
トンッ
美雪は徐々に追い詰められ、折原臨也に追い詰められる形となった。
左右は彼の腕で塞がれていて、逃げることは困難だ。
臨也は美雪の顔に息がかかるほど近付き、くすっと笑った。
「君の過去を知ってるよ。…両親は離婚したんだっけ?」
「……っ!?」
「でもさ、それが真実じゃなかったら…どうする?美雪ちゃん」
「え…」
、、、、、、、、、
「離婚じゃなかったら、って言ってるんだよ」
──嘘。
両親は離婚した。
そうお母さんが言ってた。
だから私もそうだと信じた。
「俺は君の全てを知ってる。身長、体重、生年月日、君に関する人間全部……」
「…プライバシーもお構いなしですね」
軽口を叩くが、美雪は背中に冷や汗を浮かべていた。
思わず敬語を使っているところを見ると、臨也に対して警戒心を強めている。
「そうだよ。そんなことくらい把握しなきゃ、"情報屋"として失格だからね」
「…とにかく、帰っていいですか?」
「いいよ。君はいずれ俺からこの情報を聞き出せずにはいられなくなる」
「…そうですか」
いいよ、と言ったが、彼は腕を退けてはくれない。
睨むと、臨也の肩越しから二人の人影が見えた。
──京平に、静雄くん…?
「やっぱり面白いよね、人間って。特に、美雪ちゃんには凄く興味を持てそうだよ」
ちゅっ
そんな音がした。
静かな廊下に嫌に響いた。
きっとあの二人にも聞こえたことだろう。
──はっ?なに?私…キスされたの………?
「いぃざぁやぁぁぁぁっ!!」
静雄の怒声が響き渡る。
「あ、シズちゃんが来ちゃった。じゃあね、美雪。また明日」
飛んできた机をひょいっと避ける。
静雄から逃げようとした臨也が振り返りざまに。
「ごちそうさま。美雪のファーストキス、俺がもらったよ」
美雪は顔を真っ赤にし、口をパクパクさせる。
臨也が静雄が我を忘れそうな程キレることを言うものだから。
ブチッ
静雄はこめかみに血管を浮かべて、臨也を睨む。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す…」
何回も復唱する静雄は、周りが見えていない。
「美雪、大丈夫か!?放心状態だぞお前!しっかりしろ、おいっ!」
門田の言葉に、静雄ははっと我に返った。
まだ顔を真っ赤にしたまま佇んでいる美雪に駆け寄り、門田と一緒に名前を連呼する。
「…入学したばっかで、もうシズちゃんをあんな風にしちゃうか。やっぱりいいなぁ、美雪って」
折原臨也は笑いながら廊下の奥に消えていった。
──まさか自分のファーストキスを奪ったが、さっき会ったばっかの相手とは。
「……うわーっ!!」
今度は美雪の悲鳴が廊下に響いた。
♂♀