あの日の君は、

□意中之人
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「……美雪」

段々近付いてくる臨也。

前にも一度、こんなことがあった。
不意打ちで軽くキスされた時だ。

あの時は楽しそうに笑っていて、今のような真面目な目付きではなかった。

だからなのか、美雪は近付いてくる臨也の顔を直視出来ずにいた。

視線をあちこちに飛ばし、たまに臨也と目が合うがすぐに逸らす。

──……可愛い、ってまた思ったってことは……


──やっぱ、俺って……?

臨也は美雪を覆うようにベッドに乗った。

手を少女の横につけ、じっと見つめる。

美男美女がやるだけで官能的な体勢だ。

ギシ、とベッドが鳴く。

「……ねぇ、美雪。


俺と………………」

──ち……近いっ…。

「……ごめん。何でもないや」

「………あっ。そ…そっか」

ふと、臨也は窓に目をやった。

オールバックの青年と金髪の青年が歩いてきている。

もう少しで美雪の住むアパートに着きそうだ。

──…あの二人、一応俺の『ライバル』ってやつなのかな。


「…ドタチンとシズちゃんが来たみたいだよ」

「京平と静雄くん…?」

──そういえば、

「俺のことは名前で呼んでくれないの?」

「な、名前…?」

驚いたように美雪は目を瞬きさせる。

突然臨也の方に引き寄せられて、痛いくらいに抱きしめられた。

あっ、と声を出し、美雪は思考回路が半分停止する。

今の今まで異性とこれほど密着したことはなかった。

門田に頭を撫でられたり、静雄とくっついて歩いたのがいいところだ。

「呼んでほしいな」

急に甘えっ子みたいにじゃれつく臨也に、美雪は軽く混乱する。

「……い、ざや……」

「ん、オッケー」

──うわぁあああ!臨也、こんな人だったっけぇええ!?

──別人だよ!臨也の顔をした別人に決まってる!

──…ていうか、静雄くんと臨也仲悪いんだから鉢合わせは……

ピンポーン ピンポーン

「美雪ー、見舞いに来たぞー」

聞き慣れた声がし、美雪はビタッ、と動きが止まる。

「…あ、開いてる。……勝手に入っちまうぞ、いいのか?」


「まっ……!」

臨也の掌に口を塞がれ、声が出せなくなってしまう。

この体勢は臨也が美雪に何かをしようとしていたとしか思えない。


門田は何とか自分を抑えられるからいい。

もし静雄がこの場面に出くわしてしまったら、美雪の住む場所が無くなりかねない。

抵抗するが、細身とは思えない力で、剥がすことは叶わない。


「寝室ってこっちか?」


静雄の声がし、寝室のドアが開かれる。

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

数十秒にも及ぶ沈黙。

臨也はこの体勢のまま、二人の方を見つめ。

門田は二人の体勢に、ただ目を泳がし。

静雄は俯いて臨也にブチ切れる寸前で。

一番困っているのは、少女だった。


「いざやぁ…手前…美雪に何してた…?」

「うん、美雪を抱いてたかな」

サラリと言い放つが、それは抱擁的な意味だ。あながち間違っていない。

が、静雄は違う方に考えてしまったようだ。

仕方ないと言えば仕方ない。

「よし殺す。確実に殺す。めらっと殺す」

「やだなぁシズちゃんってば。俺はただ美雪ちゃんのお見舞いに来ただけなのに」

「だったらそんな体勢はおかしいだろうがぁあッ!!」

臨也につかみ掛かる直前で、門田が静雄を止めた。

「!門田…手前……」

「…落ち着け。美雪は何もされてねぇよ」

非常に落ち着いた様子で、門田は臨也を見据えている。

「さっすがドタチン。そういうことすぐ分かっちゃうんだねぇ」

「ドタチンって呼ぶな。……はっきり言って、俺も殴りたいくらいだ」

溜め息をつき、静雄の肩を掴んでいた手を離す。

「…美雪から離れろ」

美雪も見たことがない表情で言い放つ。

怒っているのか悲しんでいるのか、良く分からない。

「…りょーかい、と。ドタチンに本気で殴られたら痣とか残りそうだし」

身体を起こそうとする前に、臨也が美雪に顔を近付けた。

二人に聞こえない程の声で、囁く。

     、、、
「…………またね」


別れの言葉としては普通に使うが、臨也のこの台詞は深い意味が込められていた。

少女は何故か、瞬時にその意味を理解した。


「シズちゃんに吹っ飛ばされない内に帰るね。美雪ちゃん、早く学校に来なよ?」

臨也が出ていき、嵐が去ったとでもいうような雰囲気の中、門田が呆けている美雪に声をかけた。

「……何で家にアイツがいたんだ」

低い声だった。

滅多にキレることがない門田がこんな状態になるのは初めてで、美雪もまだ知り合って間もない静雄も驚いていた。

「え…急に家に来て…」

「何も…なかったのか」

抱きしめられたこと以外は、特にない。

寧ろ優しく看病をされていた、と言った方が正しいのだろうか。

抱きしめられたことを話すと、それはそれで二人にとって重大な問題なのだが。

しかし、美雪は何もない、と答えた。

「分かった。何もなかったんならそれでいい」

門田の優しさに、美雪は顔を綻ばせる。

「安静にしてなきゃダメなんだろ?何か作ってやる」

「あ…ありがとう京平」

台所へ向かう門田。

空間には静雄と美雪が残された。

「…あのよ、見舞いっつっても何やったらいいか分からなくて…それで、コンビニで買ってきたんだ」

静雄は袋を渡す。
小さな袋の中に"なめらかプリン"と書かれたものが数個入っている。

「あ、プリンだ」

「だ、大丈夫だよな。食えるよな?」

「うん。ありがとー静雄くん」

美雪の返事を聞くと、安心したようにホッと息を吐く。

でも、と静雄は美雪を見つめる。

「…呼び捨てでいいからな」

「ん?あぁ。分かった、静雄」

「ッ…!」

自分で呼んでいいといった癖に、顔が熱くなる。

体育座りになり、赤い顔を隠すように膝と膝の間に埋めた。

「静雄?」

「…何でもねぇ」

まさか呼び捨てにされたのが、恥ずかしい、ましてや嬉しい、などと言える筈もなく。

美雪は静雄の様子に首を傾げるばかりだった。
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