あの日の君は、

□安閑恬静
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   ♂♀

某チャットルーム

《皆さん知ってます?》

《何がですか?》《なになに?》《誰かの噂?》

《来神高校ですよ》

《……あっ!ひょっとして、アレですか?》

《え、なんの話?》

《ネットでちょこっと話題になってたんですけどね》

《その高校の前を、うろうろしてた子供がいたって話がここ最近あるんですよ》

《なにそれこわい》

《ホントに怖いんですかw》

《噂じゃ、お父さんかお母さんを探してるって》

《……じゃあ、来神の誰かが親ってこと?》

《あくまで噂ですけどね》

《私、それ見ましたよ》

《えっ、ほんとですか?》

《ランドセル背負った男の子で、少し暗かったかな》

《名札とか見なかったんですか?》

《いえ、一瞬だけだったので》

《ただ、誰かの名前っぽいことを呟いてました》

《なんて言ってたんですか?》


《たしか……》


《『美雪』だったかな、漢字はこれで合ってるか分かりませんけど》

《その名前、いつも二人の男子と一緒にいる子しか知らないなぁ》

《女の子だよね?》


《あ、ちょっと用事が出来たんで落ちまーす》


《お疲れ様です》


《乙でした、甘楽さん》

《甘楽さん、おつー》



    ♂♀

チャットルームでのそんなやり取りも知らず、美雪たちは勉強をやり続けていた。


美雪が携帯のランプが光っていることに気付き、メールフォルダを開く。

From:折原臨也
Sub:
本文
───────────
今君のアパート前にいる

用があるんだけどさ

話だけだから10分くらいで終わると思う

───────────


携帯を閉じ、黙々と勉強をしている二人に言った。

「…二人とも、留守番頼める?」

「どうかしたのか?」

「…友達が何か用あるっぽくて。ちょっと行ってくるね」

「…分かった。気をつけろよ」

静雄の言葉を受け、大丈夫、と答えた。





ファーつきの薄手のコートを着た臨也が、携帯を持ってカチカチと弄っている。

美雪に気付くと、臨也は神妙な面持ちで佇んでいた。

「……美雪」

「臨也、話って?」

「まずはこのチャットのログを見て欲しくて。話はそれから」

臨也に渡された携帯を見る。

画面をスクロールして文字を読んでいく美雪の顔が、段々と強張っていくのが分かった。

「……これ、私のこと?」

「多分ね。検索してみたら、少しだけど情報が出て来たよ」

臨也は美雪から携帯を受け取り、またカチカチと弄る。

また携帯を渡され、見てみると画面は変わっておりメモのような文面が並んでいた。

「一応集められるだけ集めたんだけど」

《来神高校の噂
最近、高校前に良く現れる少年がいる。
親を探しているというのが一番有力だ。
話し掛けてもすぐに逃げてしまう。
ランドセルを背負っているので小学生だと思われる。
親の詳細は不明》


「うーん……私、この子のことは全然知らないなぁ……」

記憶には少年のことなど入っていない。

「そうだね。でもさ、この調子だといつか噂広まっちゃうよ」

「噂って……まさか、」

「"神崎美雪がお腹を痛めて産んだ子だ"ってね」

臨也は美雪を指差し、ゆっくりと指先を下に向けていった。

胸の中央に人差し指と中指の先端を当てる。

心臓が速まっているのが良く分かった。

彼女が焦っているのが楽しいのかこの状況を楽しんでいるのか、臨也は口元を歪める。

「さて。美雪が頼むならもっと情報を集めるけど?」

「お願いしたいけど……臨也、テストは?」

心配そうに見つめてくる彼女に肩を竦める。

「頭はいい方だからね、大丈夫だよ」

「う…なんか自慢に聞こえる」

「だって自慢してるし」

何聞いてるの?とでも言いたげな表情に、美雪は苦笑する。

「……じゃあ、お願い。…お金って取るの?」

「承りましたよっと。……そうだなぁ、普通なら3枚だけど1枚にしてあげるよ」

財布から一枚の紙幣を取り出し、手を合わせて臨也に渡した。

「……さようなら。諭吉さん」

「大丈夫。諭吉さんのためにも情報は集めてくるさ」

紙幣を畳んでポケットにしまい、臨也はその場から立ち去った。

電話を何処かに掛けると、臨也はお得意先に問い掛けた。

「可愛いと思ってる女の子が笑ってる姿だけじゃなく、焦ってる姿や困ってる姿を見ると凄くゾクゾクするんだけど、どう思います?」

電話先の主は言葉に詰まったが、呟くように答えを返した。


「……やっぱりみんなそう言うんですよねぇ。俺も薄々は感づいてましたけど」



臨也は、この答えをずっと復唱していた。

『それは、貴方がドSとも言えるし、狂った愛とも言える』


アパートの方を振り向き、フッと笑う。

「……俺は美雪をドSになるくらい愛してるし、狂ってるほど愛してるんだよ」



少女と関わりを持つことになり、段々と深くはまり込んでいく青年。



そして──後に、少女が二人の友人と一緒にいることに新たな感情を持つきっかけになる。






   ♂♀
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