あの日の君は、

□合縁奇縁
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少年は、唖然と突っ立っていた美雪の腰に抱き着いた。

かろうじて受け止め、お腹辺りに顔を埋めている少年に最初に浮かんだ当然の疑問を投げた。

「ね、ねぇ、君?…私が…お姉ちゃん…?」

「うんっ。僕、ずっと探してたんだよ。美雪お姉ちゃんのこと!」



「…弟…?」

静雄が呟く。
幼なじみに弟がいる、という話など全く聞いたことがない門田は、すぐにそれを否定した。

それならば何故、あの少年は美雪のことを実の姉のように慕っているのだろう。



「君の名前は?」

苗字を聞けば何か分かると思ったのだが、少年は更にぎゅっと抱き着く。

「僕、名前ないから…」

「あ…ごめんね。えっと…私がお姉ちゃんって言うのは、何でなのかな?」

すると、少年はキョトンとし、目を瞬かせた。

「僕、お姉ちゃんと"はらちがい"なんだって」

「…………………は?」


「………は…腹違い…?」


子供らしからぬ発言。

明らかに"腹違い"という単語の意味を理解していない純粋な目。


つまり、この少年と美雪は異母姉弟ということになる。


まさか、親を探していると噂の少年が、姉である自分を探していたとは。


「僕、お姉ちゃんにあいたかったの!」

──うっ…なにこの輝かしい目…

キラキラと効果音がつきそうな瞳を直視できず、目を違う場所へやった。

視線をやった場所には、門田と静雄がいる。


「か、門田。美雪と腹違いって……」

「父親が同じで母親が違うってやつだろ。あわ、慌てんなよ」

混乱していて、状況を上手く整理できないらしい。

美雪が手招きして二人を呼んだ。

「このお兄ちゃんたちだれ?」

美雪の陰に隠れて、自分よりも遥かに背が高い二人を一所懸命に睨む。

「私のお友達で……門田京平と平和島静雄って言うの」

美雪の友達ということを聞いて、少年はぱあっと明るくなった。

「きょうへいお兄ちゃんにしずおお兄ちゃん?」

見上げながら尋ねてくる少年に、戸惑いながら頷く。

「…お、おお…」

「…よ…よろしくな」

今の二人は、状況の半分も分かっていない状態だ。

少年は急に二人を睨み、あっかんべーと舌を出し、言い放った。

「お姉ちゃんは僕のだから、手出さないでね!」


少年は知らなかっただろう。

この台詞が、二人に勝負を挑んだということを。

無言で火花を散らす三人。

美雪はまだ腰に抱き着いている少年と目の高さを合わせる。

「ねぇ、なんで君は私のこと"お姉ちゃん"って呼んでくれるの?」

──会ったこともないのに。


何故この少年は彼女にこんなに懐いているのか。

少年は満面の笑みで答える。

「お姉ちゃんが大好きだから!」

子供らしいといえば、子供らしい。

腹違いという事情がなければ、姉弟の微笑ましい光景なのだが。

「…あ…そ、そう…」

拍子抜けした美雪が肩を落とす。

「お姉ちゃん、おんぶ!」

目の前にいた美雪に飛びつく。

「う……ッ!く、苦しい苦しいッ!」

美雪にぶら下がる形となり、ランドセルの重さもプラスされて、とてもではないが支えきれない。

首が徐々に下に落ちていき、プルプルと震える。

「大丈夫か美雪!?」

門田が少年を美雪から引きはがす。

「姉貴が大好きなのはいいが、あんま困らすな。いいか?」

門田に首根っこを掴まれ、浮いている状態の少年に、静雄も説教をする。

ぶわっ、と少年の目に涙が溜まる。

「う……お姉ちゃぁん……」

「ばっ、お前、こんなところで泣くな!」

泣くな、と言われれば言われるほど泣くのが子供である。

「うぇ……っ」

「わ、分かった!おんぶしてあげる!」

大声で泣くかと思った門田と静雄だが、美雪の台詞で嘘のように笑顔になる少年に苦笑する。

「……しょうがねぇな。美雪、鞄持ってやるから」

「ほら、お前のランドセルも貸せ」

門田が美雪の鞄、静雄がランドセルと、なかなかシュールな絵が出来上がった。

少年を背負う幼さの残る顔立ちの美少女も加え、周りの視線を集めている。


「ねぇ、君、家は何処か分かる?」

「……わかんない」

「一人じゃ帰れないよね…」

声が小さくなっていく少年は、更に小さな声で言った。

「……僕、お姉ちゃんと一緒に住みたい……」

耳元で呟いたためか、美雪にははっきり聞こえた。

「お父さんとお母さん、心配しない?」


「お父さんもういないし、お母さんは、生意気とか言って僕を殴ったり蹴ったりするから……その時に出来た怪我で同じクラスの子たちにも殴られて……」

美雪に回された、少年の腕。

ろくに食べさせてもらえなかったのか、異様に細い。

細い腕に力が込められる。

高校生である自分が、こんなに小さい子供を養えるだろうか。

「全然知らない私と、本当に一緒に住める?」

「う……うん!」

「……分かった」


頷く美雪に、泣きそうになるのを必死に堪えている少年。

「大丈夫なのか?美雪」

門田が心配そうに尋ねると、彼女はにっこりと笑った。

「大丈夫!」

「……ほんとか?」

「……ほ…ほんと!」

「はぁ……お前、お人好しだよなぁ…俺も人のこと言えねぇけど」

呆れたような表情の門田が、美雪の頭をわしゃわしゃと撫でる。

「わわっ」

「きょうへいお兄ちゃん!お姉ちゃんをいじめいでよー!」

「いやいじめてねぇよ!」

「あ、危ないから…ッ!」

美雪の背中で暴れるため、バランスが崩れる。

転びそうになった美雪を、静雄が片手で抱き留めた。

「…っと。おい、あんま暴れんなよ?美雪が顔面強打すんだろ」

「す、すみません…ていうか、顔面強打?」

いくらなんでもそれは…、と笑う美雪。

185pという高い身長の静雄を少年は見上げる。

「……何だよ?」

「お兄ちゃんはお姉ちゃんのことすッ」

き、と言おうとした少年の口を静雄は慌てて塞ぐ。

「ん"ーーーーっ」

もがく少年、顔が赤くなっている静雄。

それを見ながら笑う幼なじみ組二人。


少女のアパートには、もうすぐ着きそうだ。




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