あの日の君は、
□破顔一笑
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「なら、俺のところに来てみない?」
唐突なその申し出。
高校生が高校生を雇うという、前代未聞の提案。
「なに、簡単だよ。俺と付き合ってるフリをする仕事だから」
「!……い……臨也、それ……冗談で言ってる?」
「俺は本気だよ?」
冗談であって欲しかったのだが簡単に否定され、美雪は困り果てる。
──困ってる困ってる。
──俺の言葉で表情がコロコロ変わるんだから、楽しいに決まってるじゃない。
「勿論、俺は一切君に手を出さない。俺が電話で呼んだ時に、付き合ってます、って言えばいいだけだからさ」
「……それ、違う女の子でも良いと思うんだけど」
「そうだね。でも、俺は美雪がいいな」
飽くまで純粋に、相手をときめかせるような物言いに、美雪は少し頬を染める。
臨也は赤い瞳を鈍く光らせ、追い討ちをかける。
「悪い話じゃないと思うよ?この話に乗ったら、すぐに採用してあげるし。何もしなくても君にバイト代が入るんだから」
あまりに魅力的な話。
答えに迷う美雪と少年の目が合った。
「……私で、いいなら」
──やっぱり。君は断れないんだ。
──この子供を守るためなら、君は仕事を受けると思ったよ。
──表面だけど、これで美雪は俺の彼女っていう事実を作ることができたんだ。感謝しないとな。
期待通りの答えに臨也は口を歪めて笑った。
「それなら今日から早速頼むよ。手始めに……そうだなぁ、
ドタチンとシズちゃんに、俺と付き合ってるって言ってもらおうかな?」
「……!」
予想外の仕事の内容に、美雪は大きく目を見開く。
「なーんて、嘘だから。心配いらないよ」
屈託のない笑顔だった。
何故こうも楽しそうに笑うのか、美雪には分からなかった。
「またね。美雪。今後もよろしく」
突っ立っている美雪の視線を感じながら、臨也はポケットから携帯を取り出した。
フォトフォルダに入っていた美雪の写真を眺める。
「……捕まえた」
鬼ごっこで鬼の役をやる子供のような言い方で呟いた。
「お姉ちゃん……大丈夫?」
「大丈夫だから、心配しなくていいからね?」
優しく言ってもまだ心配なのか、なかなか頷かない。
話題を変えようと、美雪は少年の名前を決めよう、と切り出した。
「僕の……名前?お姉ちゃんが決めてくれるの?」
「そうだよ。いい名前ないかなぁ……」
しばらく考えた後、期待に満ちた目の少年を見る。
「優、はどうかな?」
「……うん!僕、それがいい!」
「じゃあ、優。帰ってご飯食べようか」
「うん!」
余程嬉しいのか、美雪が付けたその名前を何度も口に出していた。
♂♀
新羅のマンション
部屋は電気がついているのにも関わらず、薄暗かった。
何故なら、ヘルメットを被っていないセルティの首から、霧状の影が出ているからだ。
新羅から言われた仕事の内容に、セルティは何なんだ、と少々怒っているようだった。
運び屋のセルティの元に来た仕事──『神崎美雪を連れてこい』というものだった。
聞いたことがある名前だ、と思ったが、前に新羅に聞いた『すごい女の子』だと気付いたのだ。
『これはいわゆる、アレだ。誘拐というやつだろう!』
新羅の知り合いということもあってか、セルティはなかなか仕事に出ようとはしない。
運び屋という職業のため、出来る限りのことはしてきたが今回は流石に気が引けるらしい。
「そうだけどさ、何で神崎さんが狙われてるんだろう?彼女は普通の高校生なのに」
『身代金とかの人質じゃないのか?』
「だったら自分たちでさらうでしょ。……それに、臨也から聞いたけど、神崎さんに親はいないみたいだし」
『……そうなのか』
新羅はセルティの表情を読み取れる。
セルティは、しまった、というような表情をしていると感じた。
『一体誰なんだ?普通の女の子をさらってこい、なんていう奴は』
「……依頼人は分からない。来た手紙に名前が書いてなかった」
手がかりなしと分かったセルティは、ヘルメットを被り、美雪の写真が入った手紙をPDAと一緒に持った。
『……とにかく、私はその女の子に会ってみるよ』
「分かったよ。気をつけてね、セルティ」
馬のようなエンジン音が池袋に響き渡るのを、新羅はずっと聞いていた。
──…この女の子…。
──まさか、宇宙人とかじゃないよな。
──……そうじゃありませんように……。
心の中で合掌しつつ、少女の住むアパートへ近付く。
気付けば夜の10時を過ぎていた。
美雪のアパート前でバイクを止め、見渡してみる。
ドアが閉まる音がして、アパートの廊下を歩く音、そして階段を降りてくる音がセルティのヘルメットの中で反響した。
まずい、と茂みにバイクを持っていった。
──大丈夫、きっと見えないはずだ。
降りてきたのは美雪である。
セルティは写真と見比べ、本人だと認識した。
──?こんな時間にどこに…?
──ま、まさか、本当に宇宙人だったのか!?
──ど、どうしよう。帰っていいかな…。
──いや、もしバレてたら牛みたいに連れ去られて……。
──し、新羅……私はどうなるんだ……?
セルティの取り越し苦労も知らず、美雪は再びバイトに行こうとしていた。
最後なので、頑張って行こうと頭を抱えて夜道を歩く。
──…ふ…普通の女の子…だよな。
──宇宙人には見えない……けど。何だか……
──顔色が悪いな……大丈夫なのか?
美雪はフラフラと歩き、冷や汗を掻きながら頭痛に堪えていた。
バイトで溜まった疲労、それを回復するための睡眠時間が削られたためか、美雪の体力はもうほとんど無かった。
セルティはバイクを引いて美雪の後を追う。
──……バイト、かな?
新羅の言っていた美雪の家庭内のことを思い出し、そう思った。
──あっ。
女の子が倒れそう、と気付いた。
セルティは影を出し、地面に激突するのを防ぐ。
ふわっと影のベッドに守られた美雪の意識は朦朧としていた。
駆け寄ったセルティは、彼女をバイクに乗せて走らせた。
向かう先は、同居人のところ。
「過労だね」
『過労?』
「働きすぎてるってこと」
美雪はベッドに寝ており、不規則な呼吸をしている。