あの日の君は、
□喜色満面
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『……つまり、その三人は美雪のことが好きということになるのか?』
「うん、そうだね」
あっさり言われるが、考えてみると複雑な関係だ。
セルティの首から溢れる影の量が増す。
そこで新羅が、影の量を更に倍増させる言葉を放った。
「特に臨也は、神崎さんのことを一番欲しがってるみたいだしね」
セルティがない頭を抱えたくなった瞬間。
ピンポーン
ピンポピンポピンポーン
リズミカルに鳴るインターホン。
セルティとの会話を邪魔された、と言わんばかりに不機嫌になる新羅が、少々怒り気味で玄関を開けた。
そこに立っていたのは、たった今噂をしていた眉目秀麗の青年だ。
「臨也じゃないか。静雄に自販機投げられて当たった?それとも骨が何本か折れた?」
「……残念。どっちも不正解。ていうか、シズちゃんとは顔も合わせたくないよ」
確かに、ここにいるのは正真正銘折原臨也だ。
しかし、何処か違和感を感じ──そうだ、笑顔じゃないんだ、と気付いた。
「怪我もしてないのに僕のところに来るなんて珍しいね。セルティとの二人だけの短い時間を邪魔してくれるし」
皮肉めいた発言も、今の臨也にはいまいち受けない。
いつもならば、ここで臨也も皮肉を返す筈なのだが。
「……具合でも悪いの?」
いくら何でも可笑しいと思った新羅が、感情のない顔を見つめながら問う。
「そうだったら俺は大人しく寝てるよ」
「あ、そう」
──それもそうか、そんなときに静雄に出くわしたら、臨也も大怪我するし。
──ていうか、他に行くところないの?
「……私はセルティと二人きりになりたいんだけど。臨也、女の子の連絡先たくさん知ってるだろ?彼女たちの所に行ったら?」
「……………」
黙り込んだ臨也に、首を傾げる新羅。
臨也はモテる。
言葉巧みで女子を連れ込むのを、新羅は知っていた。
「……消しちゃったから」
臨也から発せられたのは、衝撃的なものだった。
観察をするにはうってつけの女の子だと言っていたのに。
ポケットから黒い携帯を取り出し、ずいっと見せられる。
「……ほんとだ。綺麗に無くなってる………あれ?」
消したのに、何故か美雪の名前だけは残っている。
「何で神崎さんの名前だけ残ってるの?」
当然の疑問に、臨也は小さな声で答えた。
「……美雪だけに絞ろうと思って、全部切った」
これまた驚いた。
あの臨也が、女子のように一途になっているとは。
「……臨也、神崎さんと付き合ってたっけ?」
「まあ……ね、うん」
言葉を濁し、一応肯定するが、『契約』を破棄されればそれは無くなってしまう。
「美雪のとこ行くよ。邪魔しちゃ悪いしね」
新羅の視線を流しながら、彼女のアパートまでの道を一人で歩いた。
♂♀
ピンポーン
一回だけ鳴らすと、出て来たのはエプロンを身に着けた優だった。
「あれ?いざやお兄ちゃん?」
一所懸命に伸ばした両手でドアノブを掴んで開けたのだろう。
アパートのドアは小さな少年には重そうで、臨也はドアを代わりに掴む。
「やあ、優くん。美雪いる?」
「お姉ちゃんなら、今ご飯作ってるよ」
耳を澄ますと、軽やかな包丁の音が聞こえた。
優は彼女の手伝いをしていたのだろう、手にはピーラーが握られている。
「手伝いしてたんだ、偉いねぇ」
頭を撫でて褒めると、少年は嬉しそうで、照れ臭そうに笑った。
「お邪魔させてもらっていいかな?」
「うん、いいよ!」
臨也は姉の友人ということが、優の中では決まっているらしい。
臨也を家に入れ、優は直ぐにキッチンの方へ小走りで向かっていった。
話し声がし、臨也もキッチンへ続くと美雪がエプロン姿で手際良く料理を作っている。
その隣にちょこんといる優も、サラダの材料であろうレタスを千切っていた。
「珍しいね、臨也」
美雪が振り向いて言う。
「近くまで来たから」
「そっか。ご飯食べてく?私の作ったやつでいいなら」
目を包丁に戻し、材料を切る。
「……うん」
妻と子供を見守る夫のような気分になり、臨也はそれを直ぐに掻き消した。
鍋に入っていた具材が煮込まれるまで、ずっと料理を作っている姿を見つめていた。
♂♀