あの日の君は、
□喜色満面
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「好きです!付き合ってください!」
歩いていた門田京平の足が止まる。
あのまま歩いていたら、告白の場に行ってしまっていただろう。
門田は踵を返し、早々とその場から立ち去ろうとした。
「……すみません、私……」
門田の良く知っている声──美雪だ。
足が動かなくなり、思わず聞き耳を立ててしまう。
そこで帰れば良かった、と後悔することになるとは思わないだろう。
「……分かりました」
彼女の答えを聞き、残念そうに背中を向ける。
門田のいる方へ歩き出すと、気まずい表情をした彼と鉢合わせした。
「……門田……」
皮肉にも、同じクラスの男子生徒だった。
二、三回話した程度だが、男子達がしていた噂で美雪に好意を寄せていることは知っていた。
他人の恋路を邪魔する訳もなく、門田はあまり気にしなかったのだが。
「……確か門田って、神崎さんと仲良かったよな」
低い声が、腹の傷に響いた。
「神崎さん……好きな人、いるのか?」
告白を断られた時に、真っ先に思い浮かぶのがこれだろう。
幼少の頃からの馴染みだが、まだ初恋もしていなさそうだと、独断で首を横に振った。
「そうか。サンキュな、門田」
てっきり盗み聞きしていたことを咎められるかと思っていたが、男子生徒はそれだけ聞くと笑った。
純粋な笑顔ではなく、何かを企んでいるような、意地の悪い笑顔。
「……神崎さんのこと狙ってもいいよな?門田」
「……それを止める権利は俺にはねぇよ」
門田の答えに歯を剥き出しにして笑う。
笑顔のまま何処かへ去っていった。
美雪も、眉を下げながら校舎の方へ行こうとした。
切ない表情を浮かべる門田を見つけ、駆け寄ってくる。
「京平、どうかした?……この傷、痛む?岸谷くんのところ行こうか?」
彼女の優しさに今のことを忘れそうになる。
心配そうに見てくる美雪の頭に手をポンと置く。
「大丈夫だって。普通にしとけば問題ねぇからよ」
「そっか、良かった。喧嘩とか絶対しないでよ?」
二人の仲睦まじい光景を見ると、何故付き合っていないのだろう、と周りの人間はそう思うに違いない。
学校中には門田と美雪は付き合っているという噂があれば、門田と静雄は美雪を取り合っているという噂もある。
女子の中には、折原臨也と付き合っているのが本当だと豪語する者もいる。
勿論確証はないため、裏でコソコソと話されているだけだ。
美雪は結構告白されているし、門田もなかなかモテる。
それなのに恋人を作らないのは、二人は付き合っているからだというのを一番信じている。
「教室行こうぜ」
「うん」
二人並んで歩く。
先程の男子生徒が後ろから見ているのに気付かずに。
男子生徒は確信した。
最初から自分に勝ち目はなかったのだと。
何故なら、彼女の好きな人とは他ならぬ門田のことだと思ったからだ。
二人はとっくに付き合っており、それでいて自分を傷つけまいとしていたのならば、逆に惨めだ。
視線で人を殺せそうな目をしていた。
握り締めた手に爪が食い込み、血が滲んだ。
本当に、門田はあの時戻っておけば良かったのだ。
♂♀
門田のクラス 昼休み
「門田」
「!……どうした?」
尋ねるが答えない。
パッといきなり顔を上げた男子生徒は──さっきと変わらぬ笑顔だった。
背中を嫌なものが這う感じがした。
「ちょっと話があるんだけど、いいか?」
「……短めに頼むぜ」
いつも美雪や静雄と昼食を取る門田。
自分のせいで遅れてしまったら、食べる時間が無くなってしまう。
すぐに終わるよ、と男子生徒は教室を出る。
男子生徒についていくと──彼が美雪に告白をした場所に着いた。
「……門田。お前、神崎さんと付き合ってたんだな」
「はっ………?」
そんなことを言われるとは思っておらず、門田は怪訝そうに眉間にシワを寄せる。
「俺は本当に彼女が好きだったのに……それを……!」
「おい、ちょっと待て。話がいまいち……」
睨んでくる男子を宥めようとするが、怒りが達しているのか話を聞く様子はない。
「……門田。お前、怪我してんだってな」
あの時聞いていた、『腹にある傷』を見ながら舌なめずりをした。
「…………!」
間違いなく、この傷を開かそうと攻撃を仕掛けてくる。
回し蹴りを打ち込まれ、門田は咄嗟に傷を守る。
キックは手ごと巻き込み、門田の腹に直撃する。
「てめぇ……ッ」
「……ちょっと開いたか?」
挑発するように笑う男子に、門田と言えど、ぶん殴りたい衝動に駆られた。
静雄と話しながら門田の元へ行こうとしていた美雪に、女子生徒が走り寄ってきた。
大変慌てた様子で、静雄達は顔を見合わせた。
「美雪ちゃん!大変なの!門田くんが……!」
「……京平が!?」
門田が男子を殴り飛ばした時には、もう周りは野次馬でいっぱいだった。
その中には美雪と静雄もいて、罰が悪そうに顔を背けた。
──……美雪に喧嘩するなって言われたばっかりだったのに……
──しかも殴ったとこ、見られちまった……よな。
──……呆れられても仕方ねぇ……
美雪は怪我をしている門田に近付き、シャツを鷲掴んだ。
「京平!」
──怒られんのかな。
──まあ、嫌われるよりはマシか……。