あの日の君は、

□喜色満面
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「怪我は!?まさか開いてないよね!?」

真っ先にそのことを心配されるとは思ってもいなかった。

「や、ちょっと痛いけど、開いてねぇから……」

シャツを離すと、ぶわっと一気に目に涙が溜まる。


「良かった……!」

その言葉に一瞬ポカンとしたが、ぐずぐずと泣き出した美雪の頭を優しく撫でる。

こんなに心配してくれる少女を愛おしく想った。


一方、男子生徒はというと──


激怒した静雄に、何処かへ連れていかれたらしい。


「……手前、怪我してる奴相手に卑怯な真似すんじゃねぇか。ああ"?」

身長差のある静雄に胸倉を掴まれているため、宙に浮いている状態だ。

あまりに恐ろしくて、今にも泡を吹いて倒れてしまいそうになる。


静雄の左手がゆっくりと上げられて力が込められ──頬に直撃する。

壁まで吹っ飛ばされた男子生徒は、殴られたと分かった時にはもう気絶していた。

奥歯が折れ、後で痛みに悶絶することになるだろう。


放った拳には、門田がやられた分と、

「アイツが泣いた分も上乗せしといたからな」

静雄の頭には、安心して涙を流す少女の姿があった。



   ♂♀

痛みが無くなった門田は、肩を貸そうとしている美雪の申し出をやんわりと断る。

「……んな顔すんな。大丈夫だから」

赤い目を痛々しく思うが、門田を心配していた少女の姿は健気と言えよう。

「あ……静雄」

「ただいま」

静雄が左手をぷらぷらと揺らしながら戻ってきたのを見ると、何をしてきたのか大体予想がつく。

それを敢えて問わず、門田は立ち上がる。

「本当に平気?」

「大丈夫だ」

手で和らげていたのが良かったのかもな、と思う。

しかし、あの男子生徒は何故あのような勘違いをしたのか門田には全く予想がつかない。


学校の噂など知る筈もなく、ただ首を傾げるだけだった。


時計を見ると昼休み終了間近だったことに、三人は慌てる。


教室へ戻ると、門田はクラス中の視線を一斉に浴びたのだが、気にしないようにしながら席についた。




『やっぱ、門田と神崎さん付き合ってるんじゃね?』

窓際で固まっていた男子グループが、そのような噂をしているとは知らずに。




   ♂♀

学校も終わる時間帯になり、岸谷新羅はウキウキ気分でマンションの扉を勢い良く開けた。


『おかえり』

PDAに打ち込まれた単語でさえ、新羅にとっては授業の疲れも癒す薬となる。

「なんかセルティ、楽しそうだね」

『そうか?』

セルティの『表情』を見つめ、顎に手を当てながら理由を考える。

「分かった。神崎さんだろ?」

数秒しか考えていない筈なのに、何故だと問われれば、新羅は絶対にこう答えるだろう。


「俺はセルティのことなら何でも分かるよ」

期待を裏切らない新羅の言葉に、セルティは素直に頷いた。

『前に、私と彼女が二人きりになったことがあっただろう?』

門田が負傷し、新羅が手当てに行った夜のことだ。

確かに、新羅が戻ってみると二人は笑いながら談笑しており、周りに花が咲く幻覚まで見えそうだった。

PDAに次々と打ち込む指や影でさえも軽やかに舞い、見ている新羅も一緒になって踊りそうになる。

『すっかり美雪と意気投合してしまって……女の子の友達が出来たのは初めてだから、はしゃいでしまった』

前に教えた四字熟語をセルティが使っているのを見ただけで、新羅の心は晴れ晴れとした。

「セルティが嬉しいなら僕も嬉しいよ」

『そうだ。新羅に聞きたいことがあったんだ』

文字を見つつ、何でも聞いてよと笑顔になる。

『美雪と、門田京平って子は、その、付き合ってるのか?』

どもる文字をわざわざ打つセルティに抱き着きたいが、『変態新羅』と新たな四字熟語をたたき付けられるのが目に見えるので止めておいた。

「んー。真相は僕も分からないんだけどね。二人は付き合ってるんじゃないかって噂で、学校中持ち切りだよ。まあ私はセルティとそんな噂が池袋中に流れるなら大歓迎だけど!」

口説き文句を流しながら、セルティは再び美雪を運んだ日の記憶を引き戻す。

黙るセルティに、ペラペラと何かを喋っている新羅。


──片想い……いや、両想い……?ああ、人間の恋は複雑だ。

恋愛には疎いセルティだが、これだけは自信を持ってPDAに打ち込める。

『門田は、美雪のことが好きなんだろう?』

「そうだねぇ。門田くんってムスッとしてるけど、神崎さんといるといっつも笑顔だもんなぁ」

セルティは、自分の勘に心の中でガッツポーズをする。


「多分、静雄もだと思うなぁ」

『それは前に、一日で惚れさせたとか聞いたぞ』

あの時の新羅の話す笑顔とテンションが忘れられず、今だに笑いそうになる。

「倒れたって聞いて飛んできた静雄の顔、泣きそうだったもん」

『……ある意味レアだな』

女子のように泣く静雄は想像できなかった。

「……後は、臨也かな。話してるだけでニコニコニコニコしてる」

折原臨也。
前に新羅が家に招き入れたが、終始笑顔でそれを崩すことはなかった。

『アイツはいつも笑ってるだろう』

最もな意見だが、新羅は肩を竦める。

「何て言うんだろ、いつもは何か悪逆非道なことを企んでる笑顔だけど……純粋って言えばいいのかな?いかにも、楽しい!って感じで笑って……」

そんなに表現しにくいのか、とセルティは子供のように純粋な笑顔の臨也を想像して──ソファから転げ落ちそうになった。

「ニヤニヤしてる笑顔と、ニコニコしてる笑顔……かな」

何となく分かったので、それで説明がついた。
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