あの日の君は、
□歓天喜地
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「いただきます」
「いただきまーす!」
目の前に並べられたバランスの良い食事。
箸を取り、肉じゃがを口に運ぶ。
「……どう?」
「美味しい。美雪って料理上手いんだね」
初めて違う人に食べてもらったのか、不安そうに聞いてくる。
褒められたのが余程嬉しかったのか、頬を朱に染めて微笑んでいた。
「お姉ちゃんのご飯、いつも美味しいんだよ!」
米粒をつけた優がにこやかに笑う。
「ほら、またついてるよ」
それを取って食べる少女は、母親のようだ。
母のような姉、という表現がよく合っている。
姉弟でもあり、親子のような関係が微笑ましい。
臨也はクスクス笑う美雪に目が釘付けで、そのような光景は全く見ていなかったのだが。
「臨也?」
箸を持ったままボーッとしているのに気になったのか、顔を覗き込む。
「え。あ……なに?」
「どうせならお風呂も入ってく?」
いきなり過ぎて、何と答えたら良いか分からなかったが、二つ返事で頷く。
「いざやお兄ちゃん、今日泊まってかないの?」
「うーん……泊まるのはあんまり……」
異性というのを気にしてか、言葉に詰まる。
「俺は平気だけど?」
にっこり、という単語が似合う程の笑顔。
そんな笑顔で言われては、断る訳にはいかない。
泊まるということを聞いた優は、本当に純粋に笑っており、嬉しいのだと分かるのだが。
臨也が、貼り付けた笑顔の奥で何を思っているのかは知ることができなかった。
♂♀
夕飯を食べ終わり、美雪は後片付けをしていた。
臨也も手伝おうと申し出たが、お客様だから、と断られてしまい、今は優と言葉を交わしているところだ。
ある程度世間話をしたところで、質問をしてみた。
「優くんは今、幸せかい?」
「……うん。お姉ちゃんがいてくれるし、きょうへいお兄ちゃんやしずおお兄ちゃんも優しいし……あっ、いざやお兄ちゃんも好きだよ!」
どうやらこの子供は、自分に懐いているらしい。
それが美雪の友人だから、という理由なら、少女がどのように大きな存在か伺い知ることが出来る。
「いざやお兄ちゃん。"こい"ってしたことある?」
魚の"鯉"のことだと思ったが、質問の意味から察するに"恋"を指しているのだろう。
しかし、恋をしているにはしている。
頭の中にまず思い浮かぶのが、神崎美雪である。
そして、何故か胸の中心が欠けたような感じがし、彼女に会えばそれは消え去る。
これは間違いなく──。
「……ある、かな」
「そうなんだ……"こい"をすると幸せなの?」
難しい質問だった。
想いが実れば幸せになるし、片想いのまま終わってしまったら失恋という不幸が待ち受けている。
だが、恋をしている間は幸せと言えよう。
例えば、友人の岸谷新羅は、同居人のセルティ・ストゥルルソンといれるだけで幸せだと分かる。
次に臨也の頭には、門田京平と平和島静雄の顔が浮かぶ。
あの二人は、間違いなく美雪に恋をし、一緒にいるだけで幸せに見える。
ならば、折原臨也は──少なくとも、少女に関わることがあれば自然と笑顔になり、"幸せ"と感じる。
「ま、幸せなんじゃないかな」
軽く流し、美雪が後片付けを終えるのを待った。
彼女に風呂を勧められたので、入ることにした。
既に沸かしてあったのか、丁度いい加減だ。
少し経ってから上がり、美雪に体重計がある場所を教えてもらう。
臨也が濡れた髪をタオルで拭きながら戻ると、次は美雪と優が入っていった。
──いつも一緒に入ってるのか……?
時折聞こえる笑い声に疑問を抱く。
長めに入っていたのか、上がってきた二人の顔は赤く染まっていた。
優を自分の部屋とは違う部屋に寝かせ、美雪は戻ってきた。
現在の時刻は21時を少し過ぎている。
それまで寝たくない、とごねていたり、一緒に寝て欲しいと迫られ、漸く寝かしつけたのだ。
「あ、寝たんだね。優くん」
「うん。最後には大人しく寝てくれるからいいんだけどね」
優がいなくなった部屋は異様に静かで、隣の物音まで聞こえてしまいそうだ。
そんなことを感じさせてくれないのが、いつもの調子で話す臨也だった。
「美雪、いつも何時に寝てるの?」
「私?えっと……寝る前に携帯で明日のご飯のレシピ探して、書き写したりとかしてるよ」
だから寝るのは大体22時半かな、と言う美雪の顔からは、以前の疲れは綺麗に消えていた。
これも臨也の『仕事』のお陰なのだろう。
「臨也のお陰で、寝られる時間も増えたんだよ」
「そう。なら良かった」
また前みたいに倒れ、あの二人に心配される少女は見たくなかった。
これを『嫉妬』という感情だと、臨也は分かっていた。
「俺も寝よっかな。夜更かしはダメだし」
「おやすみ。私はもう少し起きてるから、何かあったら言ってね」
先程言ったレシピの書き写しをするのだろう。
臨也は、優が寝ている隣の布団に入り、目を閉じた。
♂♀
小さな明かりがついた机に向かっていた美雪が、シャーペンを置く。
背を伸ばし、パチリと電気を消す。
明日どのような料理を作るのか決まったらしい。
ここで学校からの課題があればもう少し起きているのだが、幸いにも今日は出ていない。
美雪はベッドに入り、寝返りを数回打つ。
そこで彼女は再び夢を見た。
前のような、幼い少女が部屋の真ん中で泣いている夢。
いつもならば他人事のようにその光景を眺めているのだが。
この日だけは妙に悲しくなり、少女に比例して寝ている美雪の目から雫が零れる。
思わず目を開け、息を整える。
突然ベッドのスプリングが、泣き声を上げた。
「……美雪」
闇の中で妖しく光る赤い瞳。
いつもならば笑いを含んだ声が特徴的だが、今は真剣そのもの。
「いざ、や……」
寝ぼけ眼のまま、見えない彼の方を向く。
「……泣いてるの?」
暗闇の中でも見えているのか、臨也は美雪の頬の水滴を親指で拭う。
擽ったそうに身を縮め、少女は青年のパジャマを握り締めた。
「どうかした?」