あの日の君は、
□愛及屋鳥
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♂♀
チャットルーム
《田中太郎さんが入室しました》
《田中太郎:皆さん、こんばんはー》
《セットン:ばんわー》
《甘楽:遅かったですねぇ田中太郎さん》
《田中太郎:すいません、学校の課題をやってたものでしたから》
《セットン:そうなんですか。大変ですねー、学生さんって》
《田中太郎:本当大変です》
《田中太郎:それはそうと皆さん、今日は何の話をするんですか?》
《甘楽:今日はですねー。ふふん、とある人物についてでーす☆》
《セットン:☆はやめましょう、☆は》
《甘楽:平和島静雄って人、知ってますー?》
《セットン:ああ、勿論知ってますよ》
《田中太郎:見かけたことはありますけど》
《甘楽:なんかこの間も、ダラーズの連中とやり合ったらしいんですよー》
《田中太郎:あ、もしかして女の人を追いかけてたあの集団ですか?》
《甘楽:正解でーす☆》
《セットン:また☆ですか……》
《甘楽:何か平和島静雄に復讐、考えてるみたいなんですよー》
《田中太郎:復讐?またベタですね》
《甘楽:これは聞いただけなんですけど、平和島静雄と仲良くしてる女の人をさらっちゃおー、って話もあるらしいですねー》
《セットン:あ、すみません。私用事が出来たのでこれで》
《セットンさんが退室されました》
《甘楽:セットンさんってば、怖がっちゃいましたー?あくまで噂なのにー》
《田中太郎:それじゃ、私もそろそろ落ちますね》
《田中太郎さんが退室されました》
《甘楽:皆さんいっちゃいましたね。じゃ、私も落ちまーす》
《甘楽さんが退室されました》
♂♀
「どうかしたの?セルティ」
浮かない表情をしているセルティに、新羅は眼鏡を上げながら聞いた。
『……いや、ちょっとな』
首から出ている影の量がいつもより多い為、悩んでいることが分かる。
「何があったの?僕に話してごらんよ」
どさくさに紛れて抱き着こうとする新羅の鳩尾に一発くれてやると、その場に崩れ落ちた。
うずくまっている同居人に、PDAを見せる。
『……ただの噂に動揺しただけだ。気にするな』
新羅が何か言う前に、セルティは自分の部屋へ戻っていった。
セルティはベッドに倒れ込み、枕を抱きかかえた。
──あれは噂だ……わざわざ美雪に言う必要はない。
──……しかし、静雄には知らせた方がいいか?
──……いや、言ったら言ったでダラーズの奴らが殴られるか……
──用心するに越した事はないよな…………。
あれこれ考えている内に睡魔が襲ってきた。
枕を抱えたまま、セルティは眠ってしまう。
様子を見に来た新羅は、セルティに薄手の毛布を掛けると困り顔で微笑んだ。
♂♀
「じゃあ神崎さん。香水、明後日から販売するから」
「はい、分かりました」
試作品ということでサンプルを渡される。
それを鞄にしまい込むと、美雪は会社を出た。
ふと目を東にやると、静雄とセルティが何やら話していた。
静雄がこちらを見ると、来いと手招きされる。
小走りで近付くと、静雄は美雪を見つめた。
「え……な、なに?どうしたの?」
「……美雪、お前……あんまり一人でブクロ歩くな」
開口一番がそれだった為、美雪は何故そんなことを言うのか疑問に思う。
「これからは俺が家まで送る」
「っ!?い、いいよいいよ!静雄、仕事あるじゃない!」
慌てる美雪に、不服そうな静雄。
「……でも、今日は……送らせてくれ」
ただならぬ様子の静雄に何かを感じ取ったのか、美雪は今日だけなら、と頷いた。
「じゃあありがとな、セルティ」
「セルティ、またね」
二人で彼女に手を振ると、すぐに馬の嘶く音が響いた。
♂♀
「…………」
「…………」
静雄は、横目で美雪を見る。
仕事を休憩していたところへ、セルティがやって来た。
チャットのログを見せられ、こめかみに血管が浮かぶ。
持っていたタバコを思わずへし折り、地面に叩きつけて靴で踏み潰してしまった。
セルティは、そんな自分をただの噂だから、と宥める。
しかし心配で、結局セルティに頼んで美雪の会社の近くまで乗せていってもらったのだ。
「……美雪」
「ん?」
彼女が自分を見上げる。
──……こうして見ると小せぇんだな……
こうやって二人で並んで歩くのは久しぶりだからか、大分身長差があるように思える。
「……いいか?何かあったら、連絡しろよ?」
「……うん」
高校の時、彼女は危険な目に遭ってばかりだった。
もうあのような惨劇を繰り返したくはない。
ましてや、自分のせいで怖い思いをさせてしまいたくない。
──……守ってやるからな。
堅く拳を握り締め、静雄は美雪の歩調に合わせて歩いた。