パラレル
□ひこうきぐも
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「やっべぇ、遅刻だ!!」
サンジはロールパンを片手に、全力で自転車を漕いでいた。
まるで漫画の一コマのような行為であるが、サンジにはそんなことを気にしている暇なんてものはなく。
ひたすらにペダルを漕いでいると、誰かの歌っているような声が聞こえてきた。
その声は、どことなくゾロのものに似ていて。
もちろん、ゾロが鼻唄を歌うなんてありえない話なのだけれど。
サンジはパンの最後の一口を飲み込んで、ふ、と軽く息をついた。
空を見上げると、初秋の日差しがサンジの瞳を刺激する。
真夏よりは和らいだとはいえ、日はまだまだ強い。
サンジは額の汗を拭った。
そのまま視線を下げていけば、大きな橋の果てしない上り坂が広がっていて。
サンジはそろそろ怠くなってきた足に気合いを入れて、頂上を目指してペダルを漕ぎはじめた。
いつもの登校時よりも幾分高い位置にある太陽が、川面にキラキラと反射する。
その向こう側に見えるのが、ゾロの暮らす町だった。
サンジは毎朝、ここを通る度に、無意識にゾロのことを考えてしまう。
今朝はちゃんと起きられたのだろうか、だとか、今日の朝食は何だったのか、だとか。
そんな自分に、サンジは毎回苦笑する。
初めは、ただのクラスメイトだったのだ。
グループも違って話したこともなかったから、そもそもゾロがサンジの存在を認識していたかどうかすら怪しい。
でも、席替えで隣の席になったのがきっかけで、2人は話すようになった。
お互いの好きなこと、部活のこと−
話していくうちに、ゾロのことを知るのがどんどん楽しくなって。
気がついたら、ゾロのことを考えるようになっていた。
別に、ゾロが自分と同じ風に感じていてほしいなんて、そんな乙女なことは思わない。
ただサンジは、今のこの心地好い関係がいつまでも続いてほしいと、密かに願っていた。
そんなことを考えながら自転車をこいでいると、いつの間にか橋の真ん中あたりに差し掛かり、あとは下っていくだけになっていた。
腕の時計は8:30。
完全に遅刻したことを示している。
それならもう急ぐこともないだろうとスピードを少し落とすと、前方に見覚えのある緑の頭がのんびりと自転車をこいでいた。
「…あ」
それは、どうしたって見間違えるはずのない、ゾロの姿で。
サンジは急に心臓が速くなるのを感じた。
ゾロはといえば、後ろにサンジがいるなんて知る由もなく、ひたすらにのんびりと空を見上げながら走っていた。
それにつられてサンジも空を見上げると、飛行機雲が見事なまでに真っすぐに伸びていた。
「飛行機雲…」
サンジはそう呟いて、それからふとある賭けをしてみようと思い付いた。
自転車のベルを鳴らして、ゾロが気づかなければそのまま通り過ぎる。
でも、もし気づいたら…
ちりんちりん。
サンジはベルを鳴らす。
でも、ゾロは気づいていないようで。
仕方ないか、とサンジが諦めかけた時、ゾロが急にブレーキをかけてこちらを振り向いた。
「…!!」
一瞬、サンジは心臓が止まるかと思った。
まさか、ゾロが気づくなんて思ってもみなかったのだ。
不思議そうにこちらを向いているゾロに、サンジは慌ててペダルを漕ぎ出す。
「おはよ、ゾロ」
「おはよ…珍しいな、てめぇがこんな時間にチャリこいでるなんて」
「うるせぇ。毎日遅刻してるやつに言われたくねぇよ」
サンジの言葉に、むぅ、と膨れたゾロが可愛くて、ふとサンジは微笑む。
「なぁ。お前、今日学校行く気ある?」
「…別に行きたくはねぇな」
その返事に、サンジはにやりと笑って。
「じゃあ…」
サンジがゾロに耳打ちすると、ゾロも楽しそうに笑った。
それから2つの自転車は、キラキラ光る川の上を並んで走っていった。
END
→あとがき