短編・中編

□どうして、あなたは、
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私の名前は一ノ瀬トキヤ。


アイドルとして再スタートを切るために入学した早乙女学園で過ごすこと早二ヶ月。


大分、慣れてきたここでの生活の中、私には今だ解せないモノがあった。





『あれ、一ノ瀬くんじゃん。おはろ〜』



朝…まだ人が少ない廊下で暢気な声で話し掛けてきた人物…―――



―――――そう。



この名字名前こそが私が今、最も解せぬ生き物なのだ。



『一ノ瀬くーん?生きてる?……………………返事がない。ただの一ノ瀬のようだ。』



一「…………………おはようございます。」



今日も訳の分からないことを呟く名字さんを無視して教室に入る。



ガチャ…



『見てよ一ノ瀬くん。私ついにやったよ。』



一「……………なんでついてくるんですか」



『?……なんでって…私の教室もここだし。』



一「……………そういえば…そうでした…」



どうしてこんな頭の悪そうな人がSクラスなのか…

………解せません。



『そんなことより、見てよこれ。ジャーン!』



一「…?…これは?」



『学園長のグラサン!!奪ってきた!!』



一「返してきなさい」





一体なんのために…


というか…あの人間離れした早乙女さんから、どうやって?



思った疑問をそのまま口にすると、名字さんは素直に答えを出した。



『……ん〜…ただ、なんとなく、殴って奪った!』



一「どこの盗賊ですか!」







私は1つ溜め息をついて本を取り出す。



……もうこの人には付き合いきれない。




『一ノ瀬くん、その本なに?面白い?』



一「…………………。」



『一ノ瀬くーん?』



一「………………。」



『イッチー?何で無視するの?ねぇトッキー?』



一「………………。」





『……………トキヤ。』



一「…………っ!?」



無視を決め込んでいると、ふいに真剣味を帯びた声で名前を呼ばれ、私は驚いて顔を上げた。



一「なん、ですか…」


いつもとは違い真剣な顔をしている名字さんに、なぜか頬が熱くなる。


わけが分からないまま暫く見つめ合っていると、名字さんはいつものように‥ふにゃんと表情を崩した。



『あはは、やっとこっち向いた〜』



一「…はぁ…なんなんですかあなたは………もう私に構わないでください…」




『え?やだー』


即答ですか…。私と話していても楽しいことなんて何もないでしょうに…



翔「よっ!トキヤ、名前!…名前、お前今日もトキヤに絡んでんのか?」


『しょーちゃん!!おはござ!!今日も天使だね!!』



翔「いや意味わかんねぇし…」



一「おはようございます、翔。朝からすみませんがそこのバカの回収をお願いできますか?」



『あはは、バカだって。ドンマイ、レンレン!』



神「挨拶をしようとしていきなりバカ呼ばわりされるとはね…。レディ…俺は涙が出そうだ…慰めてほしいな‥?」



『可哀想なレンレン…私が頭を撫でてあげるよ。あ、ついでにしょーちゃんも。』



翔「なんで俺も!?」



一「バカはあなたです、名字さん。2人から離れなさい」



『えーヤキモチ?』


一「そんなわけないでしょう」



『もう!可愛いトッキー!殺したい!好きだよ!!』



翔「どこのヤンデレだ。」




神「妬けるねぇイッチー。名前、俺のことはどう思ってるんだい?」



『?私、レンレンのことも殺したいと思ってるよ!!』



翔「だから、どこのヤンデレだ。」



『いやだなー、冗談だよー』



一「当たり前でしょう。」



『嘘ついてごめんねトッキーヤ。キスしたげるから許せ。』


一「死んでください。」




ガチャ…




龍「お前ら席につけー。ホームルーム始めっぞー」



『りゅうりゅうぅぅぅ!!』



龍「うおっ!?…なんだ、名前か…今日も元気いいな。」



『りゅうりゅうは今日も輝いてるね!!あっ、シャンプーかえた?』



龍「おう…鼻いいなお前…。」



一「はぁ…いつまで日向先生に抱き着いているんですか。いつまでもホームルームが始められないでしょう。」



私は名字さんの首根っこを掴んで引き離す。


『あうー…お父さんが虐待するぅぅぅ!!お母さん呼んできてしょーちゃん!!』



翔「いや誰だよお母さん」



『Aクラスの髪を揃えたダム好きな男の子だよ!!』



一「聖川さんと結婚した覚えはありません。」



翔「あれだけのヒントでよく分かったなお前…。てかツッコミどころありすぎんだろ…」



『さあホームルームを始めよう。』



龍「いきなりだな。」



一「……………はぁ…」




どうしてこんな朝から疲れなければならないのでしょうか。







―――――――――




―――――――





『次の授業は体育だよ〜外でドッジボールだよ〜男女混合だってさ。行こうぜポッキー!』



一「トッキーです!…(ハッ!)間違えました。一ノ瀬です!!」



『わかってるってトッキー!!一緒のチームになろうね!!』



一「……は、」



『そんで2人でレンレン倒そうぜ!!』



一「…………レンならさっき…着替えずに何処かへ行きましたが。」



『なん…だと…?くっ…レンレンのヤロォ‥!せっかく私の必殺技を見せてあげようと思ったのに!!あっ、じゃあ代わりにイッチーが、』



一「いやです。…それより…早く行きますよ。」



『……むぅ……』



私は膨れっ面の名字さんを引きずって教室を出た。



後ろから「私の必殺!顔面抉り!!絶対一ノ瀬くんに見せてあげるね!!」とか何とか聞こえたような気もしたが、私は全力で無視した。





――――――――――



――――――――





翔「うぉぉぉお!!くらえ!名前!!」



『ふ…いつから私が内野だと錯覚していた?』



翔「なん…だと…?」



『今だ!!くらえ!!必殺!顔面抉りぃぃ!!』



翔「うわぁぁぁ!!ちょっ…顔面はセーフだろうが!!」



『まじでか』



先ほどからバカなやりとりをしている2人を視界に入れつつ私はまた溜め息をついた。




『一ノ瀬くん!!たっだいまー!敵に当てたから戻って来たよ!!』



一「………それはよかったですね…」


どうしてこんなに楽しそうなのか理解不能ですね…


…と、一人思考の海に浸っていると…




ビュンッ




『っあぶない!!』


バシンっ


一「っ!?」



突然私の方に飛んできたボールを、滑り込んできた名字さんが顔面で受け止めた。



一「あ…、名字…さん…」






『ふふ…ふふふふ………顔面っセェーフっ!!よくもトッキーの美顔を狙ってくれたわね!!』



「ひっ…わ…わざとじゃ…」



『問答無用じゃぁぁあ!!』



「うわぁぁぁっ!!;」



ボスンッ




『よっし‥!次だ次ぃ!!』




一「名字、さん…あの…」



『大丈夫だよトッキー!!君は私が守る!!』



一「………っ、///」



た、たかが…ドッジボールなのに…一体何ですか…この気持ちは…


とりあえず落ち着きなさい私…。目を覚ますのです…!相手は名字さんですよ?ありえません…。




『うぉぉお!!蹴散らしてやらぁぁあ!!』







…………はい。やっぱりありえません。





―――――――――




―――――――






『よっ…と…。よし!ボールの片付け完了!!一ノ瀬くん手伝いセンキュ!』



一「いえ…」



名字さんの活躍により、こちらのチームが勝利をおさめ…私たちは使ったボールなどを片付けていた。



一「まさか名字さんが進んで片付けを行うとは……」



『えー?なにその意外そうな顔ー。私だって片付けの1つや2つするよ!!』



一「……………あ、」



『……ん?どうしたのトッキーヤ?』



一「名字さん…顔…大丈夫ですか?」



『トッキーも大概失礼なこと聞くね。』



一「いえ…違…、先ほど…私を庇って当たってしまったでしょう…?」


『ああ、平気だよー、このくらい。』


一「……………本当に?」


スル…



『………え、一ノ瀬…くん?』



私はさっきの罪悪感を思いだし、名字さんの頬を優しく撫でる。



一「あなたは…アイドル志望うんぬんの前に…女性なんです。もっと自分を大切にしてください…」


『………ご、ごめんなさい…』



一「………あ…いえ…怒っているわけでは…」


グラッ


『…………え?』



一「っ!?名字さん!!」




ふいに名字さんの背後の棚がぐらつき、そのまま名字さんの方へ倒れようとする。



恐らく…無理矢理、荷物を積んでいたのでしょう。



私は考えるよりも先に名字さんの手を引いた。




ガシャン!!




『っ!?』



一「っ…はぁ…、危機一髪…ですね…」



盛大な音をたてて棚が倒れこんだ。


なんとか2人共無事のようです…



珍しく呆けた顔をしている名字さんを見て、思わず…小さく笑いがこぼれてしまった。




『………い、一ノ瀬くん…血…』



一「?」



名字さんの指差す場所を触ってみると、ほんの少しだけ血がついた。


……どうやら、口の端を少し切ったようですね…



一「このくらいなら、すぐ治………、んっ!?」


『ん…、一ノ瀬くん…ごめんね…ありがとう…』







一「〜〜〜〜!?///」




“このくらいの浅い傷ならすぐ治るでしょう”………そう言い切る前に…名字さんに舐められた。……というか…傷口を、舐め…っ!?//




一「な、なにをするんですか!!//」



『え?いや、これくらいなら舐めてれば治るかなって…。別にいいでしょう?頬くらい…』



一「ここは口の端です!!//何を考えているんですか!!//」



『えっ、そこ頬じゃん!!』



一「口です!!」



『頬!!』



一「口!!」



……一体私は何をムキになっているのでしょう…


先ほどから収まらない動悸を無視して私は倉庫を出た。




『もう…変なトッキー!!』








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