novel

□小夜時雨
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「寒い…」





朝食を終え自室に戻ろうとした私は、冷たい風に負けて、その場に立ち止まる。



冬はまだ始まったばかりだと言うのに、今は、真冬の身を切るような冷たい風が吹いている。


京は、夏はじめじめしていて過ごしにくい。だからと言って冬が温暖な地という訳でもない。むしろ、この寒さは厳しすぎる。


そんな京の気候を恨めしく思いながら、私は空を見上げた。

最近は降ったり止んだりの雨が多く、空は少し濁っていた。





「……」





そのまま、私は中庭の木々に視線を移す。





寂しい――。




私がそう感じたのは、ただこの寒さが木々を裸にしてしまったからではない。

伊東派と呼ばれる隊士が新選組を離隊し、その中には平助と一君もいた。


屯所を不動堂村に移してから、その空白がより一層私に突き刺さる。



それに、何より今の私を苦しめるのは――。




「おぉ!こんな所にいたか、琳」



「…?」



大きな音をたててこちらにやって来た近藤さんが、私に声をかけた。



「どうかしました?」



「うん?…今な総司の所に行ってきたんだが、具合はどうかと尋ねたら、大丈夫ですよと、笑顔で返されてな…」


「……」




「悪いが様子をみてやってくれんか」


「えぇ、もちろん」


私がそう言うと近藤さんは安心した顔になるが、すぐに表情は曇った。

「……総司は俺やトシに迷惑をかけまいと、つらくても表には出さない所があるからなぁ。その分琳には、昔から何かと頼る事も多かっただろう」


「そうだといいんですけどね。大体は私のお節介ですから」

「いいや、総司にとって君は大きな存在だろう。宜しく頼む」



「はい」



確かに、昔から総司には何かと世話を焼いていた気がする。
総司が小さい頃から知っているのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。


私はそんな事を考えながら彼の部屋に向かっていた。しかしある事を思いつき、はたと立ち止まる。


「うーん…。まだあったかな…」


いきなり進行方向を変え、私は自室へと向かった。

着いた途端、勢いよく襖を開けて部屋の中の机を物色する。



「確かここに…」



紙やら筆やらと、ごちゃごちゃ入っている中で小さな包みを見つける。




「あった」



見つけた包みを持って、私は再び総司の部屋に向かった。











―――。




「総司?琳だけど」




中から返事はなかった。



「入るよ」



ふすまを開けると、中は薄暗く、広い部屋に布団が一式ひいてあるだけだった。
総司はその布団に横になっているようだが、掛けぶとんをかぶって寝ているので顔は見えない。



私は布団の傍まで行って、枕があるであろう所に声をかける。



「ふすま開けていい?」



すると、小さく返事が返ってくる。



「……うん」




それを確認してから、私はふすまに再び手をかけた。
閉めきってあった部屋は、明るさを取り戻し、余計に何もない部屋が淋しく感じられた。





「……総司?」



私がそう声をかけると、総司は身を起こそうとする。



「…よっ…と…!」



「総司…!いいよ!寝たままで…」


私は思わず総司の肩を押さえてそう言うが、彼は微かに笑って首を横に振った。

こうした簡単な動作でも、今の総司の身体には大変な苦痛が伴うはずだ。そんな事は、一目見れば誰だって分かる。


それだけ、彼の容態は悪化しているという事だ。



私の手を借りながら起こした身体は随分と痩せ細り、直ぐに倒れてしまいそうだった。




「総司、具合はどう?」



そんな事は聞かなくても分かっている。
だけど、日に日に弱っていく様子があまりに痛々しくて、私はわざと明るくこんな問いかけをするのだ。




すると総司は開けられた襖から外を眩しそうに見てから私の顔を見て、目を細くして笑った。



「うん…。今日はだいぶ良いかな」


「そっか…、それは良かった」


最近の私達はよくこう言うやりとりをする。

具合はどうかなんて、聞くのも酷な事かもしれないが総司はいつも笑って『今日は大丈夫』と答える。


こんな上辺だけの言葉に頼らなければいけないほど、私達は追い詰められていたのだ。




「……」


二人の間に沈黙が流れる。何か言わなければと、口を開こうとするが、言葉が出てこなかった。









「さっきね、近藤さんが来てくれたんだ」



沈黙を破ったのは総司だった。




「近藤さんは何て?」


「ちゃんと薬飲んでるかとか、きちんと休んでるかとか色々」



「ほんと近藤さんは心配性だよね。…まぁ土方さんほどじゃないけど」

そう語る総司の横顔は、とても嬉しそうだった。




「ふふっ、愛されてるね。総司は」





「…この前は千鶴ちゃんが来てね、僕にお粥を作ってくれたんだ」


「へぇ〜」



「味はよく分からなかったけど、優しい味がした…」

「ふーん…。じゃあ私も今から作ってあげようか?」




「いや、いい。だってこれ以上体調崩したくないし」




「ちょっと!どういう事よ!」

私が膨れながらそう答えると、総司はおかしそうに笑った。



「千鶴ちゃん、よく様子を見に来てくれるんだ。最近は土方さんみたいに、少しうるさいぐらいね」



「心配なんだよ、総司の事。土方さんなんて最近は眉間のしわが一段と深くなってる気がする」




「ははっ…、そうなんだ」



「そうだよ〜。みーんな総司が心配なんだよ?」





「…うん…」






この言葉が彼にどう響いたのかは分からない。
私もあえてそこを追求しようとは思わなかった。

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