novel
□千景様の華麗なるお座敷遊び
1ページ/13ページ
「お頼申します」
「おーおー、やっと来おったか!待ちかねていたぞ」
「すんまへんなぁ。今日はえらい混んでますさかい」
「まぁ良い。早く料理を運びこんでくれ」
「へぇ」
天子さまのお住まい―
江戸と並ぶ第二の都市である、京。
その中でも一際華やかな場所が、ここ、島原だ。
一歩踏み込むと、遊女達のほのかな白粉の匂いが漂い、優雅な音楽、快活な話声が聞こえてくる。
ここに来る者は世の憂いを忘れ、一時の快楽に身を委ねる。
この場所は本来そうであるはずだった。
だが、そんな島原で、長州や薩摩の浪士が幾度も集まっては、色町とは似つかわしくない物騒な話し合いをしているらしい。
「おい、例の件は進んでいるのか」
「あまり口にするな、計画が漏れたらどうする」
「……」
早速標的確認。
いつもは腰にある刀も外して、化粧をし、郭言葉を話す今日の神崎琳は、新選組隊士ではなく島原の芸者なのだ。
――。
『――という事です』
『ちっ、何だって浪士共は島原に隠れやがんだ…』
『あの辺りは我々が手出ししにくいと、向こうも分かっているのだろうな』
『……』
『土方さん、私行きますよ』
『……』
『確かに、このままでは何もしようがない』
『近藤さん、琳を島原に送るのは危険すぎる…、そもそも前回だって俺は反対だったんだ』
『でも、今はそれしか無いんでしょ?』
『ちっ…』
『大丈夫だって!山崎君も来てくれるし』
『トシ、ここは琳にお願いしようじゃないか』
『………、そっちには山崎と斎藤を行かせる。少しでも危険だと感じたらすぐに回避しろ』
『はーい』
――。
(…あとは、酔いがまわるのを待つだけか)
「お涼ちゃん、あとは宜しゅうな」
「へぇ」
浪士達が他に気を取られているうちに、お座敷から出る。この技術も慣れればお手のものだ。
「まずは、報告っと…」
用心棒として潜伏している一君と山崎君の居る部屋へ向かう。
あまりゆっくりもしてられないので、早速動きだそうとした時――
「琳ちゃん」
ビクッ
「へ、へぇ」
慌てて後ろを振り返る。
「なっ…、女将さんかぁ」
「あら、驚かせてしもうた?」
「気配が全く無かったんですけど…」
「わて位になるとこんなもんやで」
この人、ほんとに芸者なのかな…。
この人はこの店の女将である、お鈴さんだ。
お鈴さんはこの店を取りまとめているだけでなく、島原、吉原など、どこに行っても顔が効く凄腕女将なのだ。
加えて、元大夫職とあれば誰も頭が上がらない。
そんな女将と私がどんな関係かと言うと…。
まぁ話せば長くなるのだが、昔、剣術を教わりながら母が父に内緒で女性としての所作や、お稽古をさせてくれていた時に家に来ていた師がお鈴さんだったという訳だ。
当時はお鈴さんも一介の芸者であったのだが、久しぶりに会ったら、既にこんなに大物になっているのだから驚きだ。
そのお陰で難なく島原に潜入出来ている訳である。
お鈴さんの紹介とあれば、断る人も店も無い。
「どう?いい情報聞き出せそうなん?」
「えぇ、たぶん」
当然私が新選組に居ることも知っているので、良い協力者なのだ。
「それにしても…」
お圭さんは私を上から下まで見回す。
「普段はお侍はんとして生活してはるんやろ?よう切り替えて振る舞えるもんやなぁ思うわ」
「そりゃあ、昔誰かさんにみっちり仕込まれましたから」
「ふふふっ、一度習ったもんは忘れへんもんやなぁ」
「それじゃあ私はこのへんで失礼します」
「はいはい」
そうして歩き出そうとした時、もう一度声がかかる。
「琳ちゃん、お仕事の方もええけど、お客様のお相手も励んでな」
「…へぇ」
お圭さんはにっこり笑って去っていく。
……末恐ろしい人。
ただでは協力しないって事ですよね…。
それから幾つものお座敷を横目に目的の部屋に到着。
念入りに辺りを確認して部屋の中に声をかける。