TYB/medium

□レモンは時を止める
1ページ/1ページ


サッカーをしている時の彼は、何時も以上に生き生きとして見えた。

私自身、サッカーのルールは人並みに知っている程度だったけれど、充分試合を楽しむ事が出来た。


 「すまない、俺はこの後用事があるので帰らせてもらう。」


 「あっ、すみません。わざわざ来て頂いて…。」


九条先輩にお礼を言って、私はその場を後にする。

向かうのは、ついさっきまで白熱した試合を繰り広げていた人のところ。

実はこの日のために、私はあるものを作ってきたのだ。


 「ふふっ、喜んでくれるかしら?」


きっと仔猫が新しい遊び道具を見つけた時みたいに、嬉しそうな笑顔をするのだろう。

考えると、自然と頬が緩む。


 「?にゃんでベリーちゃん笑ってるのー?」


 「きゃっ!?」


どうやら、考え事に夢中で、彼が後ろに居たことに全く気づかなかったようだ。

まぁ、その考え事の主な内容は彼自身なのだが。


 「あ、あなたいつからそこに居たの…?」


 「さっきからだよっ!!」


 「そ、そう…。」


 「ってかー、俺っちベリーちゃんが笑った顔初めて見たかもー。」


"普段から笑ってたら、もっと可愛いのに"

なんて彼が言うものだから、顔に熱が集まる。

心臓が、やけに煩い。


 「…っ、」


何考えてるのかしら、私。

これじゃあまるで、私が彼のことを好きみたいじゃない。

なんだか、変よ。

本当に最近、変。

気がつくと彼のことばかり考えて、彼が笑うと、私まで嬉しくなって。


 「あれっ、ベリーちゃん、その手に持ってるのって…。」


 「え?あ、これ、は…。」


"あなたのためにつくったの"

その言葉は、口の中で消えた。

駄目、そんな羞恥な台詞、言えるわけが無い。

恋人同士でも無いのに、ハードルが高過ぎる。


 「きゃっ…!!」


―――予想していなかった事が、起こった。

自分の肩に、何かが勢いよくぶつかる衝撃。

刹那、コトリと無機質な音をたてて落ちるタッパー。

中に入っていた液体がコンクリートに広がっていくのを見て、あぁ、勿体ないなんて他人事のように思った。

たった一瞬の出来事が、スローモーションのように映る。

何も、考えられなくなった、考えたく無かった。



レモは時を止める




 ((…っ、))


 ((どうして、こうなるの?))



――――――――――――
ヒロイン5話にして初めて笑うって…。
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ