頂き物

□君の誕生日
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長い睫に縁取られた瞼が二度、三度と微かに震え、ゆっくりと赤い双眸が姿を現した。
部屋は薄く光が差し込む。けれどまだぼんやりとする脳内が、微かに残る夜の余韻を教えてくる。
何が自分の眠りを妨げたのかと、勇馬が首をめぐらせたところに、満面の笑みで自分を見下ろしている彼が、何故だかはっきりと見えた。弧を描いていた口が開く。

「おはよ」



「こんな時間にいきなり来るなんて、君って案外常識外れだよね」
「ひどいなー。折角会いに来たのに、冷たいこと言わないでよ」

突然の来訪者は実に機嫌良さそうに肩を震わせて笑っている。時刻を確認しようと時計を探す勇馬に、「5時40分だよ」と悪びれもなく報告した。
冷気で意識がはっきり覚醒するころには、来訪者はにこにこと笑顔を浮かべたまま部屋の中を歩き周り始めている。
勇馬の深いため息が、白く空気に逃げて行った。

「それで、こんな時間にどうしたの」

喋る間も立ち上る息がなんとなく滑稽に感じて、慎重に口を開く。そんな勇馬とは対象に、笑う度白く空気を染めるソウマは普段よりどこか楽しそうで、そわそわと落ち着かないようだった。

「だって、お祝いしたかったんだ」

一瞬、何を言っているのかさっぱりわからなかった。けれどそういえば、今日は2月14日。それは、他でもない勇馬の誕生日だ。
こういうマメなところがあるから、彼は人気者になるんだろうなと思うとその笑顔がどこか憎らしかった。

「それで、わざわざこんな時間に?」
「いいじゃん。フライングじゃないでしょ?」
「フライングじゃないけど、なんでこんな時間?」
「仕方ないでしょ。ちょっとバタバタしてたし…メールよりさ、口で言いたくて。…ね、これからちょっと出ない?」

バタバタとひどくせわしなく、クローゼットの中をかき回したソウマは厚手の赤いコートを引っ張り出して勇馬に投げた。ため息混じりに文句を返しながらそれに手を通すと、ついでいつのまにそこに控えていたのかわからない手荷物を抱えあげて、勇馬の返事も待たずに玄関の方へ走っていってしまった。
雪が降れば、犬が喜び庭を駆け回る。という歌詞があったが、雪も降らずまだ太陽も顔を出さないこの時間に、こんなに元気にはしゃぐとは。
その後ろ姿を追えなくなったところで、ふいに思い出して、クローゼットを開けた。
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