頂き物
□池袋、晴天ナリ
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「くぁ・・。」
起き抜けの大きな欠伸を僅かに噛み殺して、逃げ延びた欠伸が微かに開いた薄い唇から洩れる。
新宿のマンションの一室。朝日をカーテンが遮断し、彼を除いてはまったく人の気配を感じさせない物静かな空間で、彼は一人目覚めを迎えていた。
折原臨也。
この部屋の持ち主で、かつて池袋最強候補と呼ばれた青年だ。
艶やかな黒髪に華奢な白いからだ。見た目だけならば普通の、それよりもかなり整った顔の好青年に見える。
しかしその実、他人の情報を売り買いし生計をたてる情報屋を専業とする数少ない人間であり、常にナイフを隠し持つ危険な人物でもあったりする。
けれど、もう一度言わせていただくと、見た目だけは、かなり整った、まさに眉目秀麗な青年であるのだ。
「あーぁ。今日の仕事、朝から池袋か。・・・・しかもこのへんって、アイツの・・・・めんどくさいことになりそうだなぁ。」
黒い小さな手帳。簡単なスケジュールが書いてあるワケだが、そこには相手と落ち合う日時と、場所が書かれている。
13時30分ごろ。場所はとあるアパートの前で、そこに迎えの車が来ることになっているのだが、そのアパートというのが露西亜寿司のすぐ近くである。
「いぃぃざあぁぁぁぁあぁやぁああぁあぁああぁぁぁッッッッ!!!!!!」
人の声と言うにはあまりにも轟音で。それはまさに轟くという言葉に相応しい最早獣の咆哮。
その声にビリビリと体が振動するような錯覚を覚えながら口元には苦笑を貼り付けて、憎まれ口を叩きながらナイフを取り出した。
それはいつもの光景だった。
臨也が池袋に現れ、そこに静雄がやってくれば、そこにあるのは戦争と言うに相応しい、強烈なまでの喧嘩。
人は散り散りになり、十分すぎるという言葉はないとばかりに大きく距離を取りながら、様々な表情を浮かべてその様子を見ている。
これが、彼らを有名たらしめる所以。けれど
今日だけは、少し違うようで。
それは池袋という街のささやかな休日に遭遇した、彼らの不運な一日なのか。
否、彼ら、というのは少しだけ不適切かもしれない。
確かに2人とも迷惑はこうむった。しかし、その不運は、2人に平等に与えられたものではなく、それはあまりにも不平等で、迷惑極まりない出来事で。
空高くに舞い上がった自販機。
何のことはない。あれは真っ直ぐ落ちてくるだけなのだから、簡単に避けられる。
全く何の心配もなく避けようと後ろに足を引いたとき、
「しまっ、!」
小さく声が出た。
つるり、と足が滑る。
それが標識の柱部分であると認識するとほぼ同時、ほとんど回避行動がとれなかった臨也の上から、
もろに自販機が体当たりを食らわせた。