夜桜

□03
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「零香も元気だな」


「元気だけが取り柄だと、自分でも言っているぐらいだからな。
それも最近の話だろうが」


「そういう事言ってやんなよ恭助」



ボールペンを書類に走らせたまま、いつものように真顔でそんな事を言う恭助。


零香がパトロールに出かけた直後の、恭助と二人きりの事務所はなんだか寂しい。


別に、恭助と一緒だから、ではない。
いつもならことはやアオ、それにヒメが居ても良い時間だ。


でも、今日はことはとアオは買い物。ヒメはパトロールで出掛けているし、こんな雨だから誰も寄っては来ない。


普段の賑やかさに慣れているだけ、デスクワーク真っ最中の恭助と二人きりというのは、嫌ではないが、静かすぎる。


そういう話だ。



「しっかし、アレだな。
零香は昔っから自分の凄さっていうか、実力を自覚しないな。
充分仕事してくれてんのに」


「謙遜というのも悪い事ではないのだが、零香の場合はそれを通り越して卑下になっているのがいけないな」


「そうそう。
褒めれば自分なんてそんなに凄くないよ〜、自分なんて自分なんて〜の乱射だもんなぁ」


「お前はどちらとも言えないな。
謙遜もするが、自分を卑下する事はなく、実力も自覚している。
……の割にはへらへらと笑ってばかりかと思えば、有事にはすぐに駆け付ける。
なんなんだお前は」


「なんなんだって、
オレは比泉秋名だ。
としか言えんわ」


「……そういう事じゃなく、
まぁいい」


態とへらへらと笑いながら自分の胸を親指で差しながら言えば、恭助は呆れた様子で項垂れた。


お前が言いたい事も分かってるよ。それはお前が一番分かってる事だろ、恭助。


窓を見れば、雨のおかげで誰も居ない公園。
その公園も、窓に滴る雨水のおかげで歪んで見えてしまっている。



「……ヒメは大丈夫だろうけど、零香は本当に大丈夫かな」


「お嬢様は大丈夫だろうけどって、確かにそうだが少しは心配してくれないか。
………、零香も大丈夫だろう。
雨だとしても、雨だからって大事に至る程妖力が強くなったりはしない」


「そうだろうけど。
なんか、気になるんだよな」



どこかおっちょこちょいで真面目なあの子を思い浮かべる。
こんな雨の日だって、パトロール中に転んで泥だらけで帰って来そうだし。


それだけおっちょこちょいで危なっかしいて事なんだけど。


まあ、おっちょこちょいで危なっかしいて言っても、やっぱり真面目でしっかり者だからな。


そういう所はヒメに似てて小さく笑いを零す。



「恭助、コーヒーでも飲むか?
デスクワークずっとやってたら肩凝らね?」


「ああ、頂こう。
……して、コーヒーを飲むのと、肩が凝るのはなにか関係あったか?」


「わりぃ、それ適当ぬかした」


「秋名……!」



わざと恭助を挑発するような表情で言えば、恭助はボールペンを折らんばかりに握り込んでオレを睨んだ。



コーヒーを淹れて恭助に渡した瞬間、


黒い稲妻が轟いた。



「ッ⁉︎」

「今のは、堕とされたか⁉︎」



確かに見た。

今のは普通の、天候の雷雲なんかじゃない。


黒く不気味な稲妻が、この町内で落ちた。

それは、天候の雷雲とは違くて、天災と同様のものでもなく、


意図的に堕とされた時に堕ちる、黒い稲妻。


人間を半妖にするそれを起こせるのは、町で一人しか居ない。




「円神っ!」

「秋名、オレは堕ちたであろう河原付近に向かう。
お前は皆にこの事を連絡して、河原に向かうよう伝えてくれ」


「恭助っ!」



恭助は早口にそれだけ言うと、上着も着ないで、傘も差さずにさっさと駆けて行ってしまった。


オレは傘を手に取って事務所の鍵を閉めて、恭助の後を追うように河原に向かいながら皆に連絡した。


皆同じ事を考えていたのか、1コールしてすぐに電話に出て、口を揃えて河原に向かっているらしい。


流石だな、と感心しながらオレは河原へと向ける足を早めた。


また誰かが堕とされたんだ。事務所のメンツだけでなく、八重さんも動いているかもしれない。


それにしても、恭助も相変わらずだ。

昔からそうだ、あいつだって変わってない。


恭助は昔から、零香の事になると冷静さを少し欠如させてしまう。


特に零香が危険に晒された時。


零香が泣いたりした時は、誰よりも早く一番に零香の元に駆け付けていたっけな。


桃華ちゃんは、その事に関して最近は特に敏感に察知していたな。


当事者の零香はなんともなさそうだったけど。



っていうか、アレ。


なんで、オレ、零香が堕とされた事にして河原に向かってるんだ。


まだ、堕とされた相手が誰なのか分かってないのに。


ただ、恭助が、まるで零香が危険に晒されたような焦りようで河原に向かうから、零香を思い出しただけだろ。



自分がどれだけ怖い事をしていたかを思うと、ゾッとする。



オレは自分への戒めも込めて、自分の頬を引っ叩いて、河原へと向かう足を早めた。
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