悪魔の長い夢《長編》
□悪魔の誘い 長編《受章》
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私は知らなかった。
人の優しさを。人の悲しみを。人の強さを。人の恐ろしさを。
全ては運命の歯車が導くままに…―――――。
†††††††
キュッ。
固いリノリウムの床を上靴で強く踏むと、そんな高い音が静寂な階段の踊り場に響いた。
近くにあるガラス窓からは外の綺麗な夕日が私を優しく照らしていた。
私は其れを尻目に独り階段を登る。
腰まである長い染めた茶髪のストレートヘアの長髪が一歩進むごとにサラサラと揺れた。
一歩、また一歩と。
なんだか…疲れているのか足元がふらついている気がするが、気のせいだろうと無視を決め込み、登っていく。
「…疲れたな」
ボソリと弱音を吐けば、誰もいない相変わらず静寂なこの場にその小さな呟きが響き渡って、静かに消えた。
今日は部活の中でゴタゴタがあったらしく、部長の私が呼び出される羽目になった。
良い迷惑だ。
只でさえ最近は色々あって疲れているというのに、こういうことは流石に堪えるのだ―――――。勘弁して欲しい。
何時もと変わらない差ほど長くは感じない階段は、今日は何故か長く感じた。
一番上に到達するまであと数段、という所で。
「―――――ッ!?」
…頭が、割れるような頭痛が走った。
それに思わず小さく喘ぎ、足を止める。
痛い、痛い、イタイ、イタ…い――!
世界が目の前が、歪む。
あり得ない、酷い痛みを伴う頭痛が容赦なく私を苦しめる。
「ぁ……ッ、く!」
フラッ。
足元が、覚束なくなる。
ここは階段の上段のほうだ。
落ちれば怪我をしてしまうかもしれない。
私は必死に落下しそうになるのを耐える。
だが。
突然、膝が折れて。
私は真下に、
ゆっくりと、
落ちていく…――――。
嗚呼、私は…落ちていく。
確かに。ゆっくりと。確実に。少しずつ。
途端。
頭の中に不思議な声が響く。
イきたいカ?
汝は、生にしがみつケるか?
低いテノールの。
男性の、声。
其れが私に語りかける。
私はすかさず、迷うことなど無く、答えを告げる。
―――生きたい。
そう強く一言。
すると続けてテノールの声は再び私に問いかける。
例えその場が、悪魔が巣食ウ…見知らぬ土地だとシてもか?
還れないト…してもカ?
確認するように。
子供に言い聞かせるように、その声は語る。
…死にたくない。
まだ、死にたくない。
この世に産まれてまだ…全然生きていない。
まだ…やり残したことがある。
だから、まだ…―――。
それでも、生きたい…!
私は縋るように、その声に意思を伝える。
するとその声は静かに私に言った。
よかろう。
その生へノ強い意思。
聞き届けてやろう…――!
ゆっくりと確かに落ちていた身体がリノリウムの床に叩き付けられる寸前。
その私の落下地点…丁度背中の位置の床に、赤い…禍々しい魔方陣のようなものが現れたと思ったら。
私はそれに落とし穴に落ちるような感触と共に、更に落ちていった。
「きゃぁぁぁああ…!」
この時から…運命の歯車は回り出した。
さぁ、行こう。
悪魔が徘徊する負の世界へ。
Devil may cry...?