小説
□秋寒おぼえて温もり求める
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「緑間ー、さむーい!」
「うるさいのだよ。寒いなら着こめばいいだろう」
秋口に入ってから随分気温が低くなってきた。流石にシャツだけでは肌寒いくらいだ。
この前まではいつになれば涼しくなるのだ、と文句を吐いていたのが今度は寒い寒いと煩く喚く。
今日の最高気温は23℃。日が沈んであたりが暗い今はそれよりも低いはず。
というよりも、冷え込むことは天気予報を確認すれば分かるはずだ。俺はおは朝を見ていたのでいつもより少し厚着をしてきたのだ。
が、どうやらこいつにはそんな習慣はないらしい。
「分かってないなー下睫毛くんは。可愛い女の子が寒いって言ってんだから『俺が温めてやんよ』って抱き締めるのがセオリーだろ。もしくは手を繋いで自分のコートのポケットに入れるの!」
「可愛い女子…?どこだ?」
「そこじゃねーよ!ほじくり返すな、恥ずかしい!!下睫毛くんをスルーしてまでつっこむところじゃなくね!!?」
「騒ぐな、喧しい。大体お前は妄想が激しすぎる。そんなことをする男女は見たことがない。漫画やアニメの見すぎなのだよ」
「言い返せない…!あぁ、もう、寒い!!!!」
「うるさいのだよ」
口を開けば寒い、死ぬ、下睫毛。何なんだこいつは。
一歩前を歩く名前に目をやると明らかにスカートが学校規定の丈より短い。それも原因の一つだろう。
寒い寒いと言っても、なんとかは風邪をひかないというので視界に入ってきた自動販売機の方に足を向ける。
銀色と銅の硬貨と入れ迷わずおしるこのボタンを押す。
──ガタンッ
音を立てて落ちてきた缶を手の中に収め熱を自分に移すように転がした。
やはり温かい。寒い時にはお汁粉に限るのだよ。
「ちょ、おま。何一人で暖まってんだよ!私も欲しい!!」
「欲しいなら自分で買え」
言われなくてもそうしますぅ、と唇を尖らせて名前は自動販売機に駆け寄る。
それを尻目にまた一口お汁粉を口に含む。甘さと暖かさが広がった。
「緑間、またお汁粉?好きだねぇ」
「うるさいのだよ。お前こそまたブラックコーヒーか」
「あんたと違って甘いものが苦手なんですー」
彼女が持っているのはブラックコーヒー。女子としては珍しい部類に入る甘いものが苦手な名前は毎回それを飲む。
本人にとってはコンプレックスらしいが、別にそんなことは関係ないと思う。
「あぁ、暖まる…」
「そんなにカフェインばかり摂取しているから背が伸びないのだよ」
「うっせー、そんなに低くないやい。緑間が大きいだけだ!」
くだらない軽口を叩きあえるのもこいつくらいで、馬鹿なような時間が心地良い。絶対本人には言わないが。
周りの空気が静かに、穏やかに、ゆっくりと、夜に変わっていく。
日も完全に落ちて足元もよく見えないが、何故だろう。彼女の居場所だけは何となく分かる。
理由は気付いているが、敢えて気付かないフリをしている自分は臆病者なのだろうか。
「あ!」
指を上に向けてあれを見ろとばかりに何度も突き立てる。
指された方向に視線をやれば、そこには満天の星たちが輝く。
真っ黒な夜空に散りばめられた小さな光は、今にも零れんばかりに瞬いて。
「綺麗…」
「空気が澄んでいるからよく見えるな」
「本当だね。星に手が届きそう」
そう言って名前は左手を伸ばす。
どうしてか、そのまま空を飛びそうで不安に駆られた。伸ばされた腕を掴み、手を握る。
掴んだときに肩が跳ねたが気にせず指を絡めて体温を共有した。
右手から感じられる自分のものではない温もり。
何となく、特に気にしたわけではないが、繋いだ手にほんの少しの力をこめてまた歩き出す。
この手を離したくない理由が彼女と同じでありますように、と星に願ながら。