小説

□クネヒト・ループレヒトに欲する
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東京みたいな都会になると雪が積もると良いことは無いわけで、交通渋滞だとか電車の運休やらで、迷惑なことこの上ない。
現に午後最後の授業で生徒は皆、数学の公式なんてそっちのけで外を眺めている。教師としては悲しいことだ。
同じ様に視線をやれば、雪は白く羽のような牡丹雪が沈沈と降り積もっていた。

雪は水分なのだから当然乾燥はしなくなるはずなのだが、私の手に潤いはない。
別に歳とかではない決して。


帰りの頃になると足下は白く染まり、汚れの見えない白さだった。
あまりにも綺麗だったので校門の前で足を止め、ぼうっと眺める。
ただ純白な雪のせいで対照的な黒いあいつを思い出すはめになった。
考えたくもないのに、頭には全身黒まみれな糞野郎の顔。
胸糞悪い思いをして帰らなくてはいけないのか。
心の中で舌打ちをして俯き加減で歩き出す。


「ホワイトクリスマスになるみたいだね」


噂をすればなんとやら。
上げた視線の先で黒と白のコントラストがうまれた。

今年も会ってしまったか。また面倒なことになる。こいつの相手をするなら、マセた女子高生と恋愛話をしている方がマシだ。どちらも嫌なことには変わりないが。


見なかったことにして通り過ぎようとした。

過ぎようとした、のに。

女なんじゃないのかと疑いたくなるような色素の薄い、それでも男だと分からせるような私より大きな手によって捕まえられた。いや、どちらかと言うと手を握られたが正しい。


「クリスマス寒波が来るんだって。でも今からこれだけ降れば積もるだろうから充分だよね。ま、君は今年もクリスマスは恋人と過ごさずいつも通り仕事に励み、独りで寝るんだろうけど」


繋がった手から体温が奪われていく。
何でこいつはこんなに冷たいんだ。
目を炯々とさせ言葉から温度を感じることが出来ず、ただ冷淡につらつらと、そして自分の体温になるまで相手の熱を冷ましていく。


「去年のクリスマスは赤点をとった子達の為に補習をしたんだったね。名前にしたら何でもない日かもしれないけど、青春を送っている子供からしたらいい迷惑だ。恋人と過ごす時間が無くなるからね。俺が学生だったら絶対サボるよ」

「何しに来たの?」


そう返すのが精一杯だった。

だけど臨也はその言葉が聞きたかったとばかりの笑みを浮かべた。薄い唇を弧のように歪ませて。


「何しに来たって野暮なこと聞くなよ。友達の様子を見にきちゃいけないのかい?」

「誰が友達よ。あんたとそんな関係になった記憶はないわ」


臨也はあからさまに肩を竦めて見せたが、いつもの気味の悪い薄っぺらい笑顔で言う。


「友達だった記憶はない、ね…。じゃあ恋人同士だった時はどう?」

「…」


ここで答えたら負けてしまうと思った。
前みたいに、乗せられてまた惨めな想いをするはめになる。
せめて気だけは強くいなくては。そう考えこの糞野郎を睨んだ。


「そんな顔しないでよ。別に君名前を哀しませたいわけじゃない」


どの口が言うのか検討がつかない。
その上、繋がれた手に少し力を込めてきたものだから精神的にも逃げ場をなくしてしまいそうだ。

何か言わなくてはと口を開くが言葉が出ない。
息苦しい。水から出た魚はこんな気持ちなんだろうか。臨也の前では話すことが酸素であり無言は酸欠状態に等しい。


「あ!名前先生が男の人といる!」


後ろで名前を呼ばれ振り返ると目を丸くした教え子達がいる。
そこで自分が今何処にいるのかを思い出した。


「先生、彼氏いるんじゃん!しかもイケメン!」

「ずるーい」


彼女達の視線をいっぺんに浴びるはめになった私はきっと青い顔をしていることだろう。
甲高い声が頭に響いて煩い。
嗚呼、最悪。

黙らせたい。その一心で教え子達の方に体を向け誤解を解こうと口を開こうとした。
その瞬間握られたままだった手を引かれて後ずさってしまう。

また、未来形で終わってしまった。臨也のせいで。


「Merry Christmas.」


キリスト誕生を祝う単語を安っぽく吐き出し最後に私の頬に恭しくキスを落として臨也は消えた。


熱と自分を支えてきた滑稽な理性を奪われて、なんとも残念なことに残ったのは女の子達の恋愛話と惨めな想いのみだった。



Merry Christmas.

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